いい雰囲気ではあった。キスをして、ベッドに押し倒して、他愛のない悪態を吐かれて、それもキスで流して、乳首を触ったり舐めたり。バーンの息が荒くなってきてから、前を触って、一回射精させてから後ろに手を突っ込んだ。精液で慣らすなんて可哀相なことこの上ないが、ローションが切れているのだから仕方あるまい。奥の方まで多少無理に進め、ここかと言うところで指を曲げた。先に言っておく。勿論こことはバーンのいいところだ。決して痛いところではない。なのに指を曲げた途端、バーンは飛び跳ねた。気持ち良かったからではない。痛かったからだ。
「っいってええええぇぇ!!!!!」
私が言葉を発する間もなくバーンは中から指を引き抜いて、息を荒くしながら驚愕の顔でこちらを見た。え、私がしたいよそんな顔。バーンは、私の指を怯えるように見た。別に痛いようなことは何も……。
自分の指を見ると、爪に血が少量付着していた。え。私はびっくりしてバーンを見た。バーンは涙の浮かんだ目で私を睨み、拳を引いた。え、ちょっと待って、ちょっと
「―――爪伸び過ぎなんだよ切れよ馬鹿ガゼル!!!」
制止の手もきかず、バーンは私の頬に拳を叩きつけた。―――超絶痛い。色んなものがぼやけて見える。バーンはドスのきいた声で帰る、と一言言って出ていってしまった。ああ、このドアの大きな音。絶対周りに何かあったと思われる。それよりも、バーンに嫌われてしまった。
次の日私は頬を腫らしたままチームカオスのサッカーの練習に参加していた。やめろ、君たちこっちを見るな。別に彼女とかじゃない。おい女子こっちをちらちら見ながらひそひそ話をするな。当然バーンとは顔を合わせづらい。しかしバーンは昨日の事が無かったかのように私に話し掛けてきた。
「ガゼル、ここのフォーメーションだけどよ…」
「あ、ああ」
よかった。あんまり怒っていないのかもしれない。用が済むとさんきゅ、とバーンは笑って走っていった。はあ、いっつもあんなんなら可愛いのに。あ、でも怒った顔も捨てがたい。昨日の殴る直前の顔は別として。
ひとまず喧嘩は終わったようだ。よかったよかった。私は目の前のボールに集中力を高めた。
あ、そう言えば爪切ってない……。
夕方までの練習が終わり皆着替えてシャワーを浴びて部屋でゆっくりした後は、好き好きに食堂に集まる。食堂で世間話をする女子達、テレビゲームをすると言って大急ぎで食事を済まし食堂を走って出ていく男子達。一人でぼんやりと食事を摂る奴。様々だ。私はトレイに飯をのせると、広い食堂を見渡した。あ、バーン発見。しかも一人で食べている。
「…向かい、いいかい?」
「ん?…ああ、いいぜ」
言いながらバーンはチームの反省会の内容をまとめている。食べているラーメンの汁は飛ばないんだろうか…。あと行儀が悪い。食べてからにしろ。
バーンがちら、と私の視線に気付いてこっちを見る。私の言いたいことが分かったのか、少し眉を寄せた。
「…時間ねえんだよ。これくらい許せ」
「私にも仕事回してくれればいいのに。」
「お前キャプテンじゃねえだろ」
「…ちょっと、ジェネシスの奴らに聞こえるよ。トーン落としなよ。」
「うっせー、時間無いんだってば」
もう私に構っていられないようだった。ラーメンの汁をれんげですくいながら、ペンをプリントの上に走らせる。意外と達筆だな。綺麗ではないけれど。
私は炒飯をすくって、バーンを見た。真剣そのもの、という顔でもう私の視線も気にしていないらしい。可愛い。真面目な表情も。
「…………よし、終わり」
十分くらいして、バーンがため息をついた。そして室内の時計を確認して、間に合ったと笑った。よし、今日こそだ。今日こそ。
「…バーン、反省会終わった後作戦会議したいんだけど、部屋にきてくれないか」
作戦会議と言うのは嘘で、周りに私たちの関係がばれないように考えた逢引の合言葉だ。こんなに機嫌がよくなっているのだから大丈夫だろう。正直昨日はあのあと萎えてしまってモヤモヤしたものが残ったので、今夜それを晴らしたいのだ。
バーンはそれを聞いてとびきりの笑顔で答えてくれた。
「ヤダ!」
「………は?」
や、だ?今こいつはやだと言ったのか?この笑顔で?ガゼル大好き結婚して!とでも言いだしそうな可愛い笑顔で、逢瀬を拒否したのか?私はさぞかし奇妙な顔つきでバーンを見ていたのだろう。バーンはにこっと笑って私の手を引っ張った。え、何してるの?
「何でわざわざ痛い思いしにお前の部屋に行かなきゃいけねえんだよ。この爪、くそいてえんだよ。何で切らないんだよ。」
「痛い痛い痛い!」
さっきと変わらない笑顔で私の指を折らんとするかのようにきつく手を握ってきた。怖い。周りの視線が痛い。失敗だった。朝、爪を切ってくればよかった…。
「わ、わかった。反省会の前に切るから…。」
「俺に言われないと切らないとか、昨日のこと反省してないんだなガゼル。」
訳、お前の愛ってその程度なんだな。
それプラスいつもは敵にしか見せない極寒の冷笑。私の心は大ダメージ。そしてとどめの言葉を、バーンは放った。
「作戦会議、もうやめるか」
私の全身が一瞬にして凍り付く。後ろからグランの何?喧嘩?という無神経な声が聞こえた。それに対してのウルビダの黙っていろという声も聞こえた。
作戦会議をやめると言うことは、恋人としての時間をとるのをやめるということだ。つまり、別れると、いうことだ。
そんなの、…そんなこと。
「絶対に、嫌だ!!」
私は椅子から勢い良く立ち上がった。椅子が倒れる音がしたが気にしない。周りの声が途切れたのも、気にしない。バーンは唖然として私を見上げていた。
「私は、嫌だからな…!別れるなんて!」
「ちょ、ガゼル、声でか…、」
「何で爪で中切ったくらいで別れなきゃいけないんだ!君こそ私に対しての愛が足りないんじゃないのか!?」
「……………は?」
バーンの眉がぴくりと動いた。どうやら挑発してしまったようだ。バーンもがたんと椅子から立ち上がる。
「あーあ、お前には分かんねえだろうよ!突っ込めばいいだけだもんな!こっちの痛さなんて微塵も考えちゃいねえんだろ!」
「微塵も考えてなかったら慣らしもせずに突っ込むに決まっているだろう!君は大馬鹿者だな!」
「なら爪が伸びて、中にいれたら痛いことくらい分かるだろ!何だよ、痛くしたいのか?生憎俺はマゾじゃねーんだよサディスト!」
「君に辛い思いをさせたいわけじゃないことくらい分かるだろう!?あれだってわざとじゃない!いつもいつも君は私の愛や好意を無下にして………!」
「何が愛だよ自分のことばっか優先してるくせに…!今日だって俺が集まれっつっても、一人でどっか行って水飲んでたんだろ!?」
「君があんなに早く集合命令を出すとは思わなかったからだ!優先って、君が私に何も背負わせてくれないからだろう!」
「だからお前はキャプ…」
「はいはい、ごめんね二人とも」
「「あ"?」」
横を見るとグランがにこにこしながらこちらを見ていた。胸くそ悪い。こっちを見るな。今私たちは取り込んでいるんだ。グランは手を口の横にあてて、私たちにしか聞こえないように、けれども結構な音量で喋った。
「あのね、痴話喧嘩は余所でやってくれないかなあ。」
「痴話喧嘩だぁ?」
「痴話喧嘩なんて馬鹿らしいものはしていない」
グランは大袈裟にため息をついて、また話し始めた。
「ガゼルもバーンもお互いがお互いを凄く愛してるんだなあってことは分かった。分かったよ。…でもね、ここは食堂なんだよなあ」
「「…………げ」」
周りを見ると皆が皆私達のことを気にしている。ジェネシスみたいに格が上の奴は思い切りこっちを見ているし、同等のカオスも同じようなものだ。
ジェミニストームやイプシロンは必死にこっちを見ないようにしている。おい、デザームこっちを盗み見しているのはばれてるぞ。
………つまり、私とバーンの関係はこいつらに全部ばれたと。まあ黙っていても広まるような気はしたが。
向かいを見るとバーンは顔を真っ青にして周りを見ている。私と全く違う反応だ。うーん…今すぐ抱き締めて安心させてやりたいが確実にビンタが返ってくるな…。
「と、言うことで。出てってね二人とも。」
グランの笑顔はさっきの指を折ろうとしたバーンの笑顔よりも、数千倍怖かった。バーンは小さく情けない舌打ちをして、反省会のノートを手に取り食堂を出てゆく。私は自分とバーンのトレイと食器を下げて、食堂を出てバーンを追った。このままだと流石に口もきいてくれないだろう。困る。このまま喧嘩別れなんて、絶対に嫌だ。
バーンは自室の鍵を開けようとしていたところだった。私は廊下に自分の声が響き渡ることも厭わず叫んだ。
「バーン!…待って、くれ」
「何だよ…。まだ何かあるのか」
「まだ、って…」
バーンは冷めた目で私を見る。もしかして、バーンはこのまま…。
「だって、もう終わっただろ。食堂にいる奴らには俺たちの関係がばれた。他の奴らに知られるのも時間の問題だ。…ならここで終わらせた方が、いいだろ」
「…何という顔をして、喋っているんだ君は」
「………はあ?どんな顔、……っ」
バーンの頬を幾筋の涙が伝った。ぽたぽたと大粒になって涙が床に落ちていく。バーンがごしごしと目を擦っても涙は溢れるばかり。
「な、何だよこれ……!ちくしょう、止まれよ、ちくしょう………!」
「……バーン」
「こ、こっちくんなよ、見んなよ、…ふぐっ、うう…」
両手で顔を押さえて泣いてしまったバーンを抱き締めて優しく頭を撫でた。今度は爪をたてないように、そっと。嗚咽を吐きながらバーンが震える。
「バーンも、私と別れたくないって事はわかったから。…昨日はごめんねバーン。痛かったろう」
「な、何でっ…今なんだよ……!」
「言うタイミング、掴めなかったから。」
「…っだからお前に振り回されるのは嫌なんだ…!」
「……ねえ、バーン。今夜私の部屋に来て」
「は?…だから嫌だって、お前もしつこいっ…」
「爪を切って、ほしいんだ」
バーンがこっちを見た。真っ赤な目で、びっくりしている。涙に濡れた頬を撫でると少しだけくすぐったそうに身をよじった。
「私は自分ではこの爪の長さが普通だと思っていた。でも、この長さで君を傷付けてしまうなら君に切ってもらうよ」
「…………。」
「ねえ、お願いバーン」
「………お前は、ずるい。俺があんな痛い思いしたのに、そんなことすぐ忘れちまいそうになる」
バーンは少し背伸びをすると、私の口にそっとキスをした。私はバーンの腰に手を回してそれをより深いものにする。糸を引いて離れるバーンの唇が愛しい。
「わかった、…今夜、行くから」
「…よかった。」
「下手でも気にすんなよ」
「大丈夫、寧ろ嬉しいよ」
「何でだよ」
バーンがここで初めて素直に笑ってくれた。ああ、やっぱりその笑顔が一番似合うよ。大好きな、表情だ。
少しの間廊下だというのにずっとキスをしていて、バーンがあっ、と声をもらす。バーンを見るとさっきよりも青ざめてこっちを見た。
「……反省会、忘れてた」
「!!」
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実はバーンにベタ惚れなガゼル