text | ナノ
パロディ







俺の住んでいるところは滅多に雪なんか降らなくて、雪はとっても貴重で降ったら小さな子供じゃなくても顔を綻ばせた。冬になると今年は降るんだろうか、と空を仰いでみる。そんな俺は多分来年、都会の職に就くためこの町を出ることになる。ここでの冬を迎えるのも、きっと最後。俺はこの町を出たら二度と帰ってこないと決めていた。この町が嫌いだった。何もない閉鎖された田舎。若者にとって好感を持つところなんてどこにもない。はやく高校を卒業したい。いち早く、ここから出たい。



冷たい風がブレザーに突っかかる。マフラーなんて意味ねえ、なかったらなかったで寒いけれど。…卒業まであと何日だろう。気が遠くなる。
ぼろっちいコンビニで買った肉まんの包みを広げながら、一人公園に向かった。あー、さみい。超さみい。寂しい音を立てるブランコに一人座って肉まんに口を付けようとしたら、隣から視線を感じた。
ふい、と横を見ると自分と同じくらいの歳の奴がブランコに座ってこちらを凝視している。俺と同じ学校ではない。見たことがない。誰だ、こいつ。




「…………なんだよ」


「…………。」



銀色の髪をなびかせながら、奴はまだ黙っていた。格好良い、な。男の俺から見てもつくりの良い顔をしている。こんな目立ちそうな奴なら尚更見たことがありそうなものなのに。よそ者か?


今気付いたのだが、こいつ俺じゃなくて肉まんを見ている。さっきまでこちらを見ていたような…。まあいいか。俺は肉まんを半分にちぎって、片方をそいつに渡した。そいつはきょとんとした顔で俺と肉まんを交互に見た。




「やるよ。食いたかったんだろ?」


「………これは?」


「はあ?どう見ても肉まんだろ。あんまんとかじゃないから安心しろ」


「…おいしいのか?」


「お前…肉まん食ったことねえの?」


「ああ」



俺は驚愕に肉まんを落としそうになった。こんな素晴らしい庶民の味方の食い物を、食べたことがないだと。にしてもそんな奴いねえよ今時。
そいつは少しの時間持っている肉まんをじっと見つめていたが、観念したかのように噛り付いた。それから目を丸くして咀嚼をする。なんだこいつおもしれえ。見てて飽きない。



「………おい、しい」


「そりゃそうだろ。冬の肉まんは風物詩だ」


「………」



そいつは食べかけの肉まんを再度見つめる。本当に初めて見たようだ。食べかけの肉まんを口に全部詰め込み、夢中で頬張っている。その様子が餓鬼っぽくてちょっと可愛い。頬の膨らみが少し無くなったと思ったら、そいつは今度は俺の肉まんに狙いを定めてきた。こいつ、どんだけ気に入ったんだよ。



「…………ほら、食いかけだけどいいか?」


「!」



手じゃなくて口で受け取りやがった…。というか初対面で他人の食いかけ食べるとかこいつどうにかしてる。黙々と肉まんを食べるこいつを見て、つい笑ってしまった。そいつは俺の笑いに気付いてこっちを見る。



「…何かおかしいか?」


「別に…よく食うなーと思って」


「こんなおいしいものは…初めてなんだ」


「はは、変わった奴」



久しぶりに他人の前で笑った。もっと早くこいつと出会ってたら、ずっとこの町にいたいと思ったかもしれない。そいつは肉まんを食べ終えると、俺に話し掛けてきた。



「…君は、冬は好きかい」


「ん?…さみーけど嫌いじゃねえぜ。」


「じゃあ雪は?」


「ああ、綺麗だけど…ここじゃあ滅多に見られないからな」


「好きなの?」


「…ああ、好きだよ」



そいつは俺の返答にそう、と微笑んだ。何か安堵したような、嬉しそうなそんな声。何でお前が嬉しそうなんだよ、と声に出そうとした時。頬に何か、冷たい小さなものが当たった。上を見ると、白い丸いものがたくさん降ってきた。




「……………雪だ!」



俺はブランコから立ち上がり、公園の真ん中に走りだしていた。柄にもなく心が踊る。笑顔であいつに振り返ると、あいつは薄く微笑みながらこちらを見ていた。よかったね、と言いたげな顔だ。



「………いつぶりだろう、雪なんて」



確か去年もその前も雪を見なかった。降っていたとしても夜中だったり朝方だったり。いつからだっただろう。雪合戦がしたいという夢を見なくなったのは。ふわふわの雪でかまくらを作りたいと思うのが馬鹿馬鹿しくなったのは。




「……………なあ、」


「なあに?」


「………俺、かまくらが作りてえな」


「この雪の量じゃ無理かな」


「…そうだよな」



あいつに苦笑をもらしても、あいつはやっぱり笑っていた。顔につく優しい冷たさを感じながらずっと空を見ていた。そういえば、この雪って



「この雪お前の髪の色に…」



後ろを振り向くとあいつはいなかった。さっきまで重さを支えていただろうブランコが揺れている。いつの間に帰ったのだろう。帰る、と俺に言いづらかったのだろうか。急に身震いを体がして俺も帰るか、とエナメルバッグを手に取る。そういえばあいつの名前を聞いていなかった。聞いておけばよかったな。あ、



「…雪、止んじまった…」





















「…………お前、名前は!!」


「……え?」



次の日俺は息を切らしながら再びブランコの前に立っていた。そいつはきょとんとこちらを見ている。まさか、今日もここにいるとは。…肉まん買ってくればよかったかも。



「だーかーら!昨日聞きそびれたから、名前聞いてんだよ!」


「…ああ、私?涼野。涼野風介、だよ。」


「ふーん、涼野ね。俺は南雲晴矢!よろしく」


「………宜しく、南雲」



昨日と同じ笑みだ。俺はつい安心してしまって、何故昨日勝手に帰ってしまったのか聞くのを忘れてしまった。俺は涼野に気を許して何でも話した。もうすぐ高校を卒業すること。卒業したら町を出ること。町を出たら二度と帰ってこないつもりでいること。涼野は静かに耳を傾けながら、時に相づちを打ってくれる。俺にはそんな友達が誰一人として居なかったから、そんな人と話すことが出来てとても嬉しかった。




「…でも、戻らないつもりって…ご両親は?」


「ああ…俺んちあんまり仲良くないから。別に俺がいなくたっていいと思う」


「……そうなの」



普通の奴はここで、親に対してそういうことを言うべきではないだとか説教をたれるけれど、涼野は全くそんなことはしなかった。干渉しない、とかそんなんじゃない。いい奴だなと思う。





毎日毎日この公園で涼野と話していた。こんなさびれた公園誰も寄り付かないから、いつも二人でいられた。不思議だったのは必ず涼野と一緒にいるときに雪が降ったこと。その度俺は目を輝かせて上を向いて、しばらくしてから積もればいいのにと下を向く。視界の端で涼野も下を向いているのが見えた。

何日も何日も経ち、俺はとても涼野と仲が良くなった。帰るとき必ず家まで送ってくれるようになった。寒くても涼野がいたから楽しくて、毎日南雲、頬が真っ赤だよと涼野に笑われた。



楽しい、日々だった。












二月の始めに近付いたある日、涼野が神妙な面持ちでブランコに座っていた。どうしたんだよ、と笑いながらもう一つのブランコに座る。しかし、今日はいつもと違った。涼野はゆっくりと顔を上げて、俺を見た。



「……もう、行かなきゃ。お別れだ南雲」


「お別れ………?」


「迎えがきちゃった、から」



悲しそうに微笑む涼野を見て、涼野の言葉が冗談なのではないと理解する。何が?迎えってなんだよ?
俺の質問には涼野は何も返さず、涼野はゆったりと話し始めた。




「私ね。何年も南雲を見ていたんだ。だから君が幼い頃のことも知ってる」


「…何年も?でも、俺はお前みたいな奴初めて見たぞ?」


「君は私だけのことじゃない、色んな事に夢中だったんだよ。だからこそ私も君のことが好きだったんだけれども。」


「……………す、き?」




もう訳が分からない。握った拳に雪が落ちてきた。いつもよりずっと多い。大粒の雪がちらちらと、視界を一面覆った。



「ずっと好きだったんだ。だから私は、ずっとこの町にいたんだ。」


「…涼野、お前何者だよ…」



涼野はまたもや質問に答えず、ふわりと笑った。そしてブランコから立ち上がり、向かい合って立つと屈んで俺にキスをした。優しいキスだった。混乱するまでに至らず、俺はじっと涼野を見る。感情が溢れてくる。涙も溢れてくる。止まらない。



「…行くなよ……!」


「南雲に思いを伝えることが出来たから、私はもう思い残すことはないよ」


「俺が、未練ばっかり残るんだよ…………!!」




涙と雪で視界がぶれる。ちくしょう、何で今日はこんなに雪降ってるんだよ…!涼野がよく見えない。もう二度と見られないかもしれないのに。
涼野がまた屈んで至近距離で俺を見た。いとおしいものを見るような目で俺を見て、綺麗な指で俺の涙を掬った。



「最後にね、一つだけ南雲の願いを叶えてあげる」


「…………俺の?」


「うん。何でもいいよ」


「無理だろ、お前魔法使えるわけじゃあるまいし」


「ううん、私は魔法使いだよ。だからほら、言ってみて?」



嘘吐き。そんなわけない。でも涼野はとても真面目な顔をしていた。言ってあげよう、最後の願い事。




「小さい頃の夢なんだ。――雪が積もってほしい。雪合戦が出来るくらい。かまくらを作れるくらい。」


「南雲らしいね。変わらない。…いいよ、叶えてあげる。今までありがとう南雲。愛してるよ。あ、それから」



肉まん、すごくおいしかった。あの味を忘れないよ。


涼野が俺の頬にキスをしたかと思うと、突然地吹雪が舞った。あまりの突風に目を開けられない。まだ頬に温かさがある。涼野はまだそこに、涼野は。



ふわり、と風が髪を撫でた。もう地吹雪は起きていないようだ。目を開けると、一面銀世界だった。俺は膝丈まである雪を踏んで歩く。涼野がどこにもいない。本当に行ってしまったのだ。涼野は魔法使いだったのか。



また雪がちらちらと降りだした。その中のひとつが俺の唇に触れて解けた。公園の近くの家では子供が窓を開けて大はしゃぎしている。その奥のテレビから、明日は春の陽気が漂うだろうと天気予報士が説明していた。






ああ、なるほど。そういうことだったのか。初対面で見た雪も、一緒にいたときにたまに降った雪も、今降っている雪も。全部。




「―――涼野、お前は」







雪、だったのか。


























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来年の冬もきっと、お前に会いたいという願望のために。








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