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気持ち悪い世界観











先日飼い猫が死にました。轢死でした。飼い猫は黒猫でした。金色の瞳をして赤い首輪を付けた、可愛い黒猫でした。可愛い黒猫でした。私の足に擦り寄る、可愛い黒猫でした。私は苛立ちに腸が煮え繰り返り運転手の内臓を生きたまま抉り出し1センチずつ鋏で切り取ってやろうと考えましたが、そんなことをしても飼い猫は喜ばないと思ったのでやめました。私は親の残した古い大きな屋敷に住んでいました。一人でした。孤独でした。
飼い猫がいなくなった今私には何もありません。私は大層数学や理科が得意でした。なので、私は黒猫と少年を買ってきて(私は一生では使えきれないほどの大金を親に与えられました)合成獣をつくってみることにしました。一回目は失敗しました。ただの赤黒い肉塊でした。二回目も失敗しました。耳も鼻も眼球も腕もありませんでした。三回目は少しだけ成功しました。しかし声帯が上手くいかなかったのか、声を発しないまま3日で息絶えました。長く使われていなかった部屋にうずだかく死体が積まれていきます。異臭がしましたが、愛する飼い猫の代わりをつくりだしていると考えると、やめるわけにはいきませんでした。


二十四回目にやっと成功品が出来ました。見た目は十四、五歳なのに何もすることは出来ませんが、私の喋った言葉を発しようとするのです。髪は黒くなりませんでした。(鮮やかな赤でした)瞳は金色ではありませんでした。(淡いモスグリーンでした)滑らかなミルク色の肌をして、ゆらゆらと黒く長い尻尾を揺らしているのです。私は敢えて飼い猫の名前を付けませんでした。それどころか名前さえやらなかったのです。


ワイシャツにベストを被せ、黒いショートパンツを履かせるとそれなりの見栄えでした。合成獣は立つことが出来ないのでぶらぶらと腕を揺らしながらじっと服を眺めていました。私の愛する飼い猫と、何ら変わりのないおとなしさでした。



それから、何週間かして合成獣はすぐに立つ事を覚え、走る事を覚え、木に登る事を覚えました。言葉も徐々に話し始め、今では片言ですが日常会話が出来るのです。さらさらの赤い髪を揺らしながら、私が料理をしているのを楽しそうに見ています。



「ふうすけ、ご飯、今日は?」


「今日はボルシチだよ」


「ボルシチ?」


「美味しいよ、楽しみにしてて」



わあい、と合成獣は椅子の上でぴょんぴょん跳ねます。行儀が悪い、と注意はしませんでした。この子に遠慮は要りません。飼い猫もそうなのでしたから。合成獣はボルシチを美味しそうに平らげました。



「おいしーねボルシチ、ふうすけ」



少しだけ猫目な瞳が私を映しました。そうだね、と笑って返すと合成獣はにっこりとえくぼを見せながら微笑みました。
猫耳がぴくりと弧を描きます。

私はそっと合成獣の頭を撫でました。








しばらくしたある日、何だか合成獣は気が気じゃなさそうでした。



「どうかしたの」


「……臭い」


「何が?」


「向こう、の、ドア」



合成獣がさしているのは合成獣をつくっていた部屋でした。私はしまった、と思いながら合成獣に言いました。



「あの部屋には入ってはいけない」


「何故?」


「怖い目に遭うから」


「怖いのは、やだ」



合成獣はぶんぶんと首を横に振ります。私はそれを横目に、さてどうしたものかと考えます。
あの塵の山をその辺に焼いて棄ててはすぐに私は刑務所行きでしょう。勿論人身売買や人体動物合成は法に触れているのです。しかしあのままにしておいて、もしもこの子に覗かれでもしては大問題です。合成獣は私の知らないところへ逃げ出し、愛猫の様に無様な死に方をするでしょう。


もう私は、誰も亡くしたくありませんでした。








しかしその思いも儚く、合成獣はその部屋を見てしまったのです。合成獣が見たのは今までの空間とは違う、失敗作で満ちた汚れた空間でした。猫の腕が転がり、千切れた腸が天井からぶら下がり、ひしゃげた少年の頭がこちらを見ています。


合成獣は何も言いませんでした。逃げも隠れもしませんでした。赤い腐臭のする部屋の前に立って、ぽつりと、はっきりと言ったのです。



「俺は、此処でうまれたんだね」




私は涙がとまりませんでした。みな私の手によって奪われた命だったのです。私だけが安泰だったのです。合成獣は私を抱き締めてくれました。もしかしたら、目の前の光景に入っていたのかもしれない、この小さな存在は確かに私の支えでした。私は軽薄でした。




「風介が何故俺をつくったか知っているよ。あの、写真の黒猫が死んじゃったからでしょう」



合成獣は写真立てを見ました。そうだよと私は涙声のまま言いました。


「だから俺の耳と尻尾は黒いんだね。でも俺の髪は赤いし、黄緑色の目だよ。」


「それは、少年の方の生き写し。本当に、そのまま残ったから。」


「……俺は……この子だったんだ……。」


鏡を見たまま、合成獣は動きません。合成獣はふ、と笑うと鏡の前で顔を俯きました。


「俺がうまれちゃって、ごめんね」



私は何も言えず、鏡に映る合成獣の顔から目をそらしました。合成獣とはこんなものなのでしょうか。あの買ってきた少年と全く変わらないままこの姿が固定されてしまったようなのです。あの買ってきた少年は何と言ったか、嗚呼思い出しました。



「俺を殺すの?」














頭の良い少年でした。学校にも行かず、ろくな生活をしてこなかったであろう身なりなのにとても賢かった。他の買ってきた少年達は私のこれからしようとしていた事の意図がわからず怯えました。しかしこの子だけは違ったのです。私を蔑むこともせず、怖がりもせず全てを受け入れました。


「殺すことが目的じゃない」


少年は私の言葉には反応を示さずちらりと死体の山を見ました。



「必死なんだ」



彼も中々に飛躍した難しい事を言います。ああ、必死かもしれないね。と言うと少年は冷笑しました。



「お兄さん、勉強出来るのに人には好かれなかった質でしょう」


「大正解だ」


「普通の性格をしていたら、たくさんの女に言い寄られただろうに」



少年は私に一つ口付けを落とし、もう何も話しませんでした。私はあの時に彼と生きる決心をすべきでした。なのに私はしてしまったのです。彼の知性、性格―――容姿以外の全てを奪ってしまいました。しかし私は彼が肉塊にならなくて心底安心したのです。
私は、あの少年を、愛していたのでしょう。
愛する人を自分の手で葬り去った事が私に降り掛かる大粒の罪なのでしょう。もし彼がこの屋敷から逃げ出したとしても私はきっと追いませんでした。
訂正しましょう。私は、あの少年を、愛していました。














泣かないでと合成獣は泣きました。ごめんねと私は泣きました。私は合成獣を愛してなどいませんでした。合成獣は器量の良い出で立ちでした。なのに、私は愛した人と同じ顔をした、この合成獣を愛することは出来ませんでした。



「私には愛している人がいたんだ」




泣きながら、私は合成獣に語り掛けました。合成獣は何も言いません。



「私には今は亡き愛する人がいたんだ」


「――名前は、何て言ったの?」




「彼は、ヒロトと名乗った。名も全て必要なくなると分かっていながら、私に名前を」






合成獣は肉の山を眺めながらこれを埋めようと言いました。こんなところに寝かせていては可哀相だから、と。私たちは夜、誰にも気付かれないように少しずつ少しずつ死体の山を埋めました。

そして最後の一つを埋め終わったときに、合成獣は言ったのです。



「俺を埋めて、風介」




私は耳を疑いました。聞き返しさえしました。しかし合成獣は埋めてほしいと言うのみでした。




「俺を殺して、貴方の愛する人に戻してよ」






合成獣は切なそうに、ヒロトになりたいと繰り返しました。そして、私をぎゅ、と力強く抱き締めました。




「愛されたいよ、風介」








愛せなくてごめんね。こんな化け物にしてしまってごめんね。愛していたことに気付かなくてごめんね。轢死なんて辛い思いをさせてごめんね。こんな欠陥人間が一緒にいてごめんね。




「俺を殺す前に、」



合成獣は私の首に抱き付きます。初めてモスグリーンが綺麗だと思いました。




「ヒロトって、呼んでほしい」



何も考えないまま、私はヒロトと呟きました。



「なあに」



ヒロトは、今までで一番綺麗に笑いました。私はヒロトにキスをします。あの時と同じ、体温でした。



「ごめんね、好きだよヒロト。君は、猫の代わりなんかじゃない」




ヒロトは目を閉じてキスを受け入れています。ヒロトは、ただの何処にでもいる少年でした。



「俺はちゃんと、風介に必要として貰えたかな…」






































「涼野さんちの家って大きいわよね」


「息子さん頭もよくて美男子って噂よ」


「でも先日自分のした実験のせいで恋人を亡くされたとか」


「飼い猫が死んでから、よく危ない実験に没頭するようになったみたいよ」
































私はずっと、見ていました。溶液に浸けた、片方のモスグリーンの水晶体を。










「………ヒロト………。」






























××××


Kへ捧げる涼基。
私ワールド全開でごめんなさい。お誕生日おめでとう!


title:剥製は射精する
























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