君の選ぶ道 4
「ちょっとアドゥール!話の途中で自分の中に閉じこもらないでよ!」
「……あ?」
「あ、じゃないよ!役に立たないのが道具なのはわかったけど、そこまで話して黙り込むってどういうことさ!」
詰め寄られて、アドゥールは目を瞬いた。
どうやら自分の頭の中でだけ、回想をしていたようだ。
それはそれで都合が良いので、とぼけることにした。
「悪い。その道具をどうしたか考えていた」
「……」
「お前こそ、そこまでわかって黙ったままでいる気か?」
「な、なにが」
おろおろ視線を彷徨わせながら、ディノが離れていく。
その動きがあまりにもおかしくて。
さっきまで回想していたこともあって、ついテットといた時の自分が出そうになる。
笑いたいのを堪えて、不機嫌そうに少年を睨みつけた。
「なにが、だと?」
笑いの衝動を抑えているので、いつもよりさらに低い声が出た。
ディノがびくっと肩を震わせる。
誤解だとわかれば、悪いのは早とちりをしたディノの方だ。
しかもそれでアドゥールを責めているので、どうにも身の置場がない。
「……めんなさい……」
「聞こえん」
「疑ってごめんなさい!」
ヤケになったかのような大きな声に、堪りかねて自警団長が吹き出した。そのまま大きな笑い声が響きわたる。
「え……?」
「あ、あの……?」
ディノとアドゥールの困惑した声に、団長は目の端に浮かんだ涙を拭いながら、衝撃の一言を発した。
「いやぁ、浮気を疑った女房と、亭主みたいな会話だったんでなぁ」
「…………」
二人の心底嫌そうな顔は、またも団長の笑い声を爆発させた。
椅子の背に腕をかけて、珍しくアドゥールが気だるげに座っている。
その正面に座っているディノも、料理を前に珍しく浮かない顔だ。
昼間誤解を生んだ食事所で、二人は夕食をとっていた。
「なんだか、疲れたな……」
ぼそっと言うアドゥールに、ディノが頷く。
「衝撃的な一日だったね……」
「よりにもよって、亭主とは……」
「僕なんか女房だよ……性別違うんだよ……」
問題はそこかよ!と突っこみたい気分だったが、それもまた発展すれば痴話喧嘩に聞こえるのだろうかと思うと、口を開く気も失せる。
「仕方ない、今日はここで一泊だな」
「そうだね、もう日が暮れちゃったし」
昼間に待ち合わせた食事所は、二階に宿もついていた。階段が一番奥にあって、昼間は気づかなかったのだ。
「空きを聞いてくる」
立ち上がって、アドゥールは帳場に向かう。
ディノの「お願いします」という言葉を背に、数歩進んだその時。
「アドゥール!なにやってんだお前」
呆れたようなテットの声がした。
「テット?」
「もうとっくに町を出たのかと思ってたぞ。連れは見つからなかったのか?」
ドタドタと足音を立てて近づいてくるテットは、昼間より軽装になっていた。
「いや、連れは見つかった。迷惑をかけてすまなかったな」
「お前、何そんな他人行儀……あぁいや、オレこそ長話をしちまって悪かったな」
アドゥールがちらりと背後に目をやり、それだけでテットは状況を理解した。
そこに連れがいるから、合わせてくれという意味だ。
「それは構わない。それより、まだここにいたのか」
「ああ。オレは今、護衛で来ててな。今日はここに泊まりだ」
そこまで言って、テットはアドゥールの背後をちらりと見る。
不安そうな顔の少年が目に入って、苦笑した。
「紹介してもらえるか?」
「……は?」
「すっげぇ不安そうな顔でテーブルを睨んでるぞ、お前の連れ」
振り返ってみれば、ディノが手にスプーンを握り締めたまま固まっている。
軽くため息をついて、アドゥールはディノを呼んだ。
「ディノ」
呼ばれて、弾かれたように顔を上げたディノは、深い緑と目が合った。
「俺の知り合いだ」
簡単な言葉だったが、アドゥールが自分に紹介してくれるつもりなのだと気づき、勢いよく立ち上がる。
まさか、こんな機会がくるとは思わなかった。
「あ、あの、はじめまして!僕、ディノと言います。ディノ・ラクサヌールです!」
「ディノくんか。よろしく、オレはテットだ」
「テットさん……」
短く切られた焦げ茶の髪と、切れ長の緑の瞳。笑うと細くなった目の横に、しわが2本できる。
ふと、ディノの記憶をよぎった顔があった。
「あの、僕、前にお会いしたことありますか?」
首を傾げて言われた台詞に。
アドゥールは眉間にしわを寄せ、テットは、
「だははははははっ!」
大笑いしながら身をよじる。
そして、ディノにとって本日二度目の衝撃の言葉が投げられた。
「そりゃあ女を口説くときの常套句だぜ!」
ディノの落ち込みようは、見ていて気の毒になる程だった。
二階はあいにく一室しか空いていないと言われ、どうするべきか悩んだディノとアドゥールだったが、テットの「オレの部屋にアドゥールが来ればいい」という一言で、ここに泊まることになった。
ディノとしては、連れの自分がアドゥールと一緒になりたかったのだが、例の「秘密」がどうにも受け入れきれない。
幸いテットはアドゥールの「秘密」を知っているというので、テット本人が問題ないと言うのならそれでいいか、と諦めた。
しかし、どうにも腑に落ちない。
「あの人、絶対どこかで会ってる……」
衝撃の一言で、あの時はそれ以上考えることをやめてしまったが、ディノはテットの顔に覚えがあった。
どこでどう会ったのかはわからないが、正面からあの顔を見たことがある。あの目じりにできる、しわ。
「う〜ん……どこでだったかなぁ……」
今日も一人で泊まることになった部屋の中、ベッドに転がって考えているうちに、ディノは眠りへ引き込まれていった。
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