君の選ぶ道 3


 時々「それで?」「そこでどうしたんだ?」などという質問をしながら、アドゥールはなんとか時間軸に沿ったディノの行動や思考を聞き出した。
 ディノに長い話をさせる時には要所要所で質問をしていかないと、途中でなにがなんだかわからなくなってしまうからだ。

「つまりあれか。話の一部を聞いて、俺がお前を役に立たないと言った、となったわけか。俺がそういうことを言う奴だと、お前は思っていたんだな?」
「そういう人かどうかが問題なんじゃなくて、そういう風に聞いちゃったんだよ!」
「だから。そういう風に聞こえたということは、そういうことを俺が言ってもおかしくないと思っているんだろう?」
「違うってば!」
「いや、そういうことだ」
「も〜ぅ!違うってば!誰だってあの話を聞いたらそう思うよ!」
 腕をぶんぶん振り回しながら叫ぶディノと、あくまでも淡々と話をするアドゥール。
 二人とも、ここが自警団の詰所だということをすっかり忘れているらしい。
 目の前で展開される言い合いに、団長の目は丸くなったままだった。
「その、話の内容だがな」
「なに!」
 あくまでも強気でいこうというディノに、アドゥールはため息をついた。
 そして、ディノが聞いたのであろう会話を、彼にしては珍しく相手との関係も含めて説明し始めたのである。



 待ち合わせ場所に足を踏み入れたアドゥールは、見覚えのある顔を見つけた。
 相手もアドゥールを認めたらしく、一瞬目が丸くなる。
 直後、嬉しそうな笑みを浮かべて手を上げながら近づいてきた。
「よお!久しぶりだな!」
「ああ。まさかこんなところで会うとは思わなかったが……。よくわかったな、テット」
「んあ?あぁ、まぁ確かにあの頃とは、だいぶ様変わりしてるみてぇだけどな。その顔の作りまでは変えられないだろうよ」
 お前だってオレがわかったじゃないか、と言いながら、自分が食事をしていたテーブルまでアドゥールを案内する。
 待ち合わせの時間より少し早めに来たから大丈夫だろうと、アドゥールはとりあえず誘われるままについていき、空いている椅子に腰をおろした。

「で?まだ探してるのか」
「ああ。さすがに、そう簡単には追いつけない」
「噂なら、オレも多少は聞いたし……お前はとっくに見つけていると思ったんだがな」
「そうだな、一人だったら追いついていたかもしれない」
 苦笑して言った台詞に、テットはかなり驚いたらしい。口がぽかんと開いている。
「同行者がいるっていうのか?お前に?」
「ああ」
「知っているのか?何をお前が探しているのか」
「いや、詳しくは。言うわけにはいかない相手だからな」
 その言葉に何を感じたのか。
 彼はそれ以上の詮索はしてこなかった。
「そういや、お前が旅に出る前に、オレがやった道具。ちゃんと持ってるだろうな」
「あぁ……あれか……あるにはあるが……」
「それで?どうだ?」

「どうもこうもない。役に立たない」

 キッパリ言い放ったアドゥールに、彼はがっくりと肩を落とす。
 短く刈り込んだ髪を乱暴にかきまわして、うらめしそうにアドゥールを見た。
「その性格も相変わらずだな。もうちっと相手を思いやる言葉はかけられないのかよ」
「変な希望は持たせない方が、お前のためだと思ってな」
 言いながら、唇の端を上げる。
 悪戯な子供を思わせる表情に、テットは笑いながら水を飲む。
「その顔、懐かしいぜ……」
「なんだ?感傷に浸る歳でもないだろうが。それに、飲んでいるのが水じゃ様にならないぞ」
「うるっせぇな。お前こそ、あの頃とちっとも性格が変わってないのはどうかと思うぞ」
 言われて。
 アドゥールは、少し困ったように笑い返した。

 相手がテットだから、前の自分でいるのだ。
 これは本当はもう、捨て去った自分。

 こんな表情も、こんな言葉の使い方も、久しくしていない。
 同行者が見たら、不思議そうな顔をされるだろう。
 しばらく昔の話に花を咲かせていたが、ふとテットが首を傾げた。
「そういやお前、連れはどうした?」
「この店で待ち合わせたんだが……まだ来てないみたいだな」
 ぐるりと店内を見回して、アドゥールも首を傾げる。
 自分が誰かと話しているので、遠慮して他の席にいるのではないかと思ったのだが、店内のどこにもいないようだ。
 ディノ本人は意識していないかもしれないが、あの柔らかな印象の金髪は結構目立つ。

「時間は過ぎてるのか?」
「あぁ……真上だからな……」
 あちこちを見ながらぼそぼそ返事をするアドゥールに、テットはぷっと吹き出した。
「なんだよ」
「いや……、ずいぶん気にかけてんなと思っただけだ」
「相も変わらず、世間知らずの坊ちゃまなもんでね」
「は?……って、まさかお前……!」
 身を乗り出すテットに、アドゥールはそれ以上言うなと片手をあげる。
「……なんだってまた、そんな面倒な……」
 おとなしく座りなおしながら、少し声量をおさえてテットが言う。
「あ〜……なんでだろうなぁ」
 もっともな疑問に、アドゥールはがっくりと肩を落とす。
 ディノが目を丸くするどころではない言動も、テットにとっては見知ったものだった。
 アドゥールは入り口の方を見ながら、出会ってから一緒に行動するようになった経緯を簡単に説明する。

 テットは何度か頷いて、苦笑いを浮かべた。

「で?どこまで知ってんの」
「何も」
「全く?」
「全然」
「……特大の被り物を身につけやがったな」
「こんな会話は、したことがない」
 言いながら視線を戻すと、テットがやけに心配そうな目をして見ていた。
 昔から仲間思いだった彼のことだ。
 アドゥールが隠しているものを知っているだけに、苦しんでいたり辛かったりするんじゃないか、と気にしてくれているのだろう。
 あたたかい心に、『いつもの』笑顔を返す。
 実際のところ、少し感傷的になることもあるのだが、それは押さえ込むことに決めたのだ。
 テットに愚痴を言っても始まらない。
 なにより、テットにこれ以上の心配はかけたくなかった。
「相手も名前を変えているから、お互い様だ」
 人をくった笑みと答えに、テットも多少安堵したらしい。

「そうか……で、お前は?」

「ん?」
「名前。変えてるんだろ。どこかであった時に、うっかり本名呼んだらまずいからな」
 とことん付き合ってくれる昔馴染みに、アドゥールは笑いが止まらない。
「にやにやしやがって、気持ち悪ぃな。早く教えろ。で、同行者を探しに行きやがれ」
「そうだな、探すかな。悪いなテット、ゆっくり話もできない」
 本心を言えば、もう少しこの気楽な会話を楽しんでいたかったのだが、そうもいかなかった。
 ディノが何事かに巻き込まれていたらと思うと、気が気ではない。
 もしかしたら、ディノが何事かを起こしているかもしれなかった。
 本人の前では突き放した言動をしているが、それはその方がディノのためだと思うからだ。
 人並みに、心配くらいはする。
「いいさ。そのうちまた、会うこともあるだろうよ」

「ああ。そしたら通りの向こうからでも呼んでくれ。俺は、アドゥールだ」

 立ち上がったアドゥールに、テットはにやりと笑って見せる。
「小賢しいつけかたしやがるな」
「うるさい。じゃあな、遠い未来の発明家」
「黙れ。近い将来の発明家、だ。気をつけて行けよ……アドゥール」
「お前もな、テット」

 そして、アドゥールは店を出てディノを捜し歩き、強盗犯を目撃するのであった。



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