君の選ぶ道 2
むっつりと黙り込んだディノに、アドゥールは小さくため息をついた。
目の前の自警団長が、二人を交互に見やりながら、困ったように笑っている。
「というわけで、彼が山道でやつを倒してくれたんですよ」
「そうですか。経緯はどうあれ、捕まったなら良いんです」
「それにしても、彼は策士ですなぁ」
自警団長が、さっきディノに話しかけていたのと同じ台詞を口にする。
咄嗟に否定しようとしたディノだったが、これは使えるかもしれないと思い直した。
「……策士?」
アドゥールの呟きを、故意に無視する。
「やつが背後に近づくのを待って、回し蹴りで倒したそうなんですよ」
「……回し蹴り?」
アドゥールは、ディノが体術を使うのを見たことがない。
何かあったときに剣をとるのはアドゥールだし、拳や脚を使うのもアドゥールだ。
ディノは魔法で援護するくらいである。
そうか素手でも戦えるのか……と、妙なところで感心した。
しかしこれは、アドゥールの心の中。
端から見れば、その表情には何の変化もない。
横目でちらちらとアドゥールの様子を見ていたディノだったが、あまりにも反応が薄いので、たまりかねて立ち上がった。
「僕だって、役に立つんだからね!もう役立たずなんて言わせないんだから!」
「……は?」
ぷんぷ〜ん!という音が聞こえてきそうな勢いで、アドゥールから顔を背ける。
一方アドゥールは、ディノが何を言い始めたのかが全くわからなかった。
突拍子もない言動はいつものことだが、今回は特にひどい。
だいたい昼間、食事所で待ち合わせをしていたはずなのに、いつまでたっても来なかったのはディノだ。
放って出発しても当然なのに、何事かあったのではないかと一応心配して、町中を探した。
途中で手配書にあった顔を見つけたので自警団に通報し、犯人を捜しながらディノも捜していたのだ。
責められる筋合いではない。
「お前、何を言ってるんだ……?」
「なにって!自分で言ったこと忘れちゃったの?僕のこと役に立たないって言ってたじゃない!」
「まずそれに覚えがないというんだ。俺が、いつ役に立たないなどと言った」
「本当に覚えてないの?」
「覚えていないんじゃなくて、言っていないんだ!」
珍しく語尾が強い調子になったのを聞いて、ディノは眉を寄せた。
アドゥールが口調を荒げることは、まずない。今みたいに強めの口調になることも滅多にない。
そういえば彼は、一緒に行動するようになってからディノの不利益になるようなことは絶対にしなかったし、言わなかった。
どんなにヤな人物に出会っても、後で陰口などを言うこともない。
そんな彼が、果たしてディノのことを「役立たずだ」と誰かに話すだろうか。
「……じゃああれは、なんだったのさ」
「あれって何だ」
思わず呟いてしまったらしい。アドゥールがぼそりと突っ込みを入れた。
「……」
「黙るな。一体何の話をしてるんだ」
睨まれて、ディノは多少小さくなりながら口を開いた。
時は、太陽が真上に昇る昼時に遡る。
町に着いた時、ディノとアドゥールは一旦別行動をする。
旅の目的をお互い詳しく話していないので、求める情報が違うのだ。
大抵ディノが目ざとく見つける食事所で、待ち合わせをする。
時刻は太陽が真上に昇る頃か、陽が沈みかけた頃。
サレザの町に着いた二人はしばらく一緒に歩き、ディノが「ここがいい!」と指差した食事所で待ち合わせすることを決めた。
到着時間が早いうちだったこともあり、昼の待ち合わせになった。
ディノが食事所に着いた時、中は相当に繁盛していた。
外から見ただけではよくわからなかったが、結構広い店のようだ。
入り口からアドゥールを見つけるのは困難だと悟り、店内へ足を踏み入れる。
「お食事ですかぁ?」
通りかかった従業員が声をかけてきたので、ディノは大きくハッキリした声で答えた。
「兄がいるはずなんだけど、ちょっと探してもいいかなぁ」
「あ、どうぞ〜」
笑って身体をひいてくれる従業員に「ありがとう」と言いながら、ディノは遠慮なく店内を歩き回る。
これはアドゥールに教えてもらった。
混雑している食事所は、余計な争いや諍いを避けるため入り口で声をかけられる。
その従業員に指定された席以外に勝手に座ってはいけない。
もちろん、勝手に中に入ってもいけない。
そこで有効なのは「待ち合わせ」なのだが、これも待ち合わせ相手が赤の他人だと、微妙に話がややこしくなることがある。
『兄でも弟でも良いから身内ということにすれば、あっさり通してくれる』
二度目に訪れた町でアドゥールにそう言われ、以後どこの町の食堂でも兄弟だと言っている。
テーブルの間をすり抜けて、店内を眺める。
「う〜ん……まだいないかなぁ」
それらしき人影が見当たらない。
一度入り口に戻ろうと振り返ると。
丁度アドゥールが店内に足を踏み入れたところだった。
席も決まってないし丁度いい、とアドゥールの近くへ行こうとした、その時。
中にいた誰かが、アドゥールに声をかけた。
旧知の間柄なのか、アドゥールが驚いた表情になる。
「誰か」はアドゥールに歩み寄り、親しげに肩を叩いた。
その「誰か」の影になって、ディノからアドゥールの表情は見えない。
本当の知り合いなら何も心配はいらないが、知り合いを装って難癖をつけてくる輩もいるから性質が悪い。
わずかなディノの心配をよそに、アドゥールはその「誰か」に導かれるまま奥の方の席に座った。
本当に知り合いのようだ。
「……僕、どうしよう……」
アドゥールの邪魔をしてはいけないという思いと、一人でご飯を食べてもつまらないという思いとに挟まれて、ディノはしばらくその場に立ち尽くした。
「あの……お客さん?」
突っ立っているディノの顔を、盆を持った従業員が覗き込む。
なんでもない、と笑顔を見せて、ディノは兄を探すフリを続けつつ二人に近づいていった。
ディノの聴覚は、こういった喧騒の中では普通の人と変わらない。
多少なら、近づいても平気なはずだ。
しかし好奇心の塊のようなディノである。
二人の関係に、興味がないとは言えない。
探しているうちに偶然話が聞こえちゃったなら仕方ないよね〜などと思いながら、かなり近くまで歩いていった。
二人の会話が、断片的に耳に入る。
「同行…………?お前に?」
「ああ」
「知ってるのか?何を………………」
「いや、………………からな」
あまり詳しい内容までは聞き取れないが、どうやら自分の話をしているようだ。
気になる……!
辺りを見回して、従業員が見ていないことを確認し、その場にしゃがみこんだ。
端から見れば不審このうえない行動だが、そのままアドゥールのいるテーブルへ近づいていく。
「それで?どうだ?」
相手の言葉がハッキリ聞こえた。
「どうもこうもない。役に立たない」
これまたハッキリ言うアドゥールの声が聞こえた。
一瞬、何を聞いたのかわからなかった。
自分の話をしていた二人。近づいていって、聞いたのは……?
血の気が引いた。
床についている足から、何かが流れ落ちていくような感覚。
気づけばディノは食事所を出ていた。
どうやって出てきたのかは覚えていないが、アドゥールが来ないということは見つかってはいないはずだ。
とぼとぼと、歩く。
役に立たないと、アドゥールは言った。
そのちょっと前に聞こえていたのは、同行者がどうのという内容だった。
つまり、役に立たないのは同行者。
すなわち、ディノだ。
確かにあまり役に立った覚えはない。
夜盗に襲われた時も、町中でからまれた時も、戦いになったらまずアドゥールが動く。
ディノは援護をするのが常だった。
たいてい援護も必要なくアドゥールが片をつけてしまうので、見守りながら邪魔にならないよう動いたり、気を配っているだけだ。
それは、打ち合わせをしてそうなったわけではない。
自然とそういう役どころになっただけだ。
敵に対する反応は、アドゥールの方が抜群に早い。
踏み出す一歩が、ディノには全く追いつけない。
そうなったら、印を結んだり呪文を唱えたり時間のかかる魔術を使う自分は、少し下がって援護をするのが良いはずだ。
そう思って、いたのに……。
「役に立たない……かぁ……」
呟いた途端、ディノの中に沸々と生じた感情。
それは、憤りに近いものだった。
「でもさぁ……そんな風に思ってたんならさ、もっと前に出ろ!とかなんとか、言えば良いんじゃない……?」
言葉にすると、それは何かの呪文のように怒りを増幅させた。
歩幅も徐々に大きくなっていく。
「だいたい、なんで僕がアドゥールの役に立たなきゃなんないのさ!そもそもそれがおかしくない?なんであんな風に言われなきゃならないのさぁ!」
もはや怒りの塊と化したディノは、アドゥールなんかもう知らない!好きにすればいいんだ!と山道に向かっていった。
しかし、なんだかんだ言いつつも、他人に突き放されるのが苦手なディノだ。
ふとした瞬間に哀しさがこみ上げてきて、それを誤魔化すように言葉を紡ぎ、それでも哀しさを振り払えなくて蹴りを繰り出す、という滅茶苦茶な状態になっていった。
そして、強盗犯をやっつけ現在に至る。
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