君の選ぶ道 1
揺れる木漏れ日、緩やかに吹く風。
少し傾いた陽は、穏やかに辺りを包んでいる。
のんびり散策をすれば身も心も癒されるであろう風景の中、小柄な人影が足音も荒く山道を歩いていた。
「僕だってね、役に立つんだよ!足手まといじゃないんだからぁ!」
叫びながら、人影は方々へ蹴りを繰り出す。
木々の幹に当たって、枝葉が揺れる。
のどかな風景が台無しである。
彼の名はディノ・ラクサヌール。
柔らかそうな金色の髪に、ふっくらした頬。
カッコいいと言われるのにはまだ少し早い、少年と青年の間。
にっこり笑えば可愛らしいであろう顔には、憤怒と哀切が表れていた。
靴に細工がしてあるのか、何か技があるのか、ディノの足はどんなに太い木を蹴飛ばしても痛くはないようだった。
ついには立ち止まり、近いところにある頑丈そうな幹を連続で蹴り始める。
腕まで回し、う〜う〜唸るその状態は、子供が駄々をこねている姿に近い。
「アドゥールのばかーっ!」
ひときわ大きな声とともに、渾身の一撃が放たれる。
どうやら今はこの場にいない、同行者のアドゥールに腹を立てているらしい。
普段は威力がありすぎるので使わない、実はディノの得意技、後ろ回し蹴り。
ゴキュッ
「……!」
何もないはずの空間から伝わりくる感触に、ディノは片足を上げたまま硬直した。
(まずい……)
自身の経験が語るところによると、これは、人。
ゆっくりと足を下ろして、おそるおそる見た先に……。
「うわぁぁぁ!ごめんなさいーっ!」
旅装束の男が一人、白目をむいて倒れていた。
「えーっ!どうしよう!僕あんまり回復系とか得意じゃないし、応急処置も苦手だし……ていうか、この場合の応急処置ってどんなの?何すればいいのかなぁ?」
頭を抱えておろおろするディノの耳に、人の声が届いた。
ディノのいた町の方から来る。
聴覚だけは桁外れに優れているディノ。
先ほどのような興奮状態からさめれば、足音でおおよその人数を把握できる。
八人……十人いる。
ディノの顔色が、変わった。
「嘘!もうこの人蹴ったのがわかったの?」
ここにアドゥールがいれば「そんな馬鹿なことがあるか」と突っ込んだのだろうが、ディノ一人ではおかしいということにも気づかない。
「つ、捕まっちゃうんだ、僕……」
近づいてくる人々は、ディノを捕らえるために来ているのだと断定されてしまっている。
やがて、揃いの上着を羽織った集団が見え始めた。さっき後にしてきた町の自警団だろう。
倒れた男は、まだ動かない。
「お!そこの貴方!」
先頭に立った男が、ディノの姿を見て声を上げた。
「はっはい!」
「このあたりで怪しい男を……おぉ?」
倒れた男を見て発せられた驚きの声に、ディノは肩をすくめる。
(怒られる……!)
「素晴らしい!」
「……え?」
「貴方は英雄と呼ばれるかもしれませんよ!」
予想もしなかった感嘆の声に、ディノは口を開けて立ち尽くした。
サレザの町。
つい先ほど後にした町に、ディノは戻ってきていた。
山道でディノが蹴倒した男は、なんと手配中の強盗犯だったのだ。
町中で見かけたという情報を得て、自警団が付近を捜索していたのだという。
「いやぁ〜、お手柄です。わざと背後をとらせて、油断したところに強烈な一撃!お若いのに策士でいらっしゃる!」
自警団の詰所なのだろう。
制服と思われる衣類や、武器・道具などが壁際に置かれている。
真ん中に設置された机と椅子。
そこに、ディノと男性は向かい合わせに座っていた。
目の前には、濃い目のお茶が出されている。
ディノには濃すぎるそれはあまり減っていなかったが、一緒に出された焼き菓子はとうにない。
食べながら、経緯をかいつまんで話したところ、この男性はディノが意図的に手配犯を捕らえたのだと思ったらしい。
余談だが、ディノの説明はアドゥールに言わせると「流れが全くわからん」のだとか。
「えぇ?いえ、そんなんじゃなくて……」
「その、武勇をひけらかさない謙虚さも、なかなかできることではありません」
一人で納得して頷く男性に、ディノは軽くため息をついた。
これ以上は、何を言っても聞いてはもらえなそうだ。
自分の説明下手を棚に上げて、この人は思い込みが激しそうだもんね、などと考えている。
「やつを見かけたという方にも、捜索をお願いしていたのですが……あぁ、すみません、ご協力ありがとうございます」
後半の言葉は、ディノの背後にむかってかけられた。
その目撃者が入ってきたらしい。
足音で何となく予想はついたが、ディノは一応振り返った。
そこには、わずかに目を丸くした、赤茶の髪の青年。
ディノの同行者アドゥールが立っていた。
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