君の抱えているもの 3
座って空を見上げていたディノが、そういえば……と言った時。
アドゥールは木陰の心地よさに身を任せてうとうとしていた。
このまま寝られたら幸せだな、と思っていたのだが、ディノの呟きに一気に覚醒してしまった。
またあの話に戻るのだろうか。
「ね、アドゥール。なんでいつも宿は別々の部屋なの?」
「……は?」
今日は、同じような返事を朝にもした気がする。
なんだって今日に限ってこう、突拍子もない話題を持ち出してくるのだろう。
「外で一緒に寝るのは良くて、宿はなんで駄目なの?」
「……一人になりたいからだ」
「別々の部屋だと、部屋代もったいないと思わない?」
「それは必要経費だと思っているから、もったいないという感覚はないな」
「一回くらい、同じ部屋取らない?」
「遠慮する」
「僕さぁ、その日にあったこととか、夕飯のこととか、寝る前にたくさん話したいことがあるんだよね。一人だとつまらないんだよね」
「食事の時に喋っているだろう。……かなり一方的に」
最後の方は小さく呟いたので、多分ディノには聞こえなかっただろう。
ディノと一緒にいると、だいたいディノが一人で喋っている。
アドゥールは適当に相槌を打つだけだ。
特に話したい話題もないし、それで丁度いいと思っているのだが。
あれが就寝直前まで続くのは有難くない。
「それはそうだけど!……アドゥールのことも知りたいしさ、僕のことも知って欲しいしさ、とにかくたくさん話したいの!」
「こういう時に話せばいいんじゃないか?」
「もーぅ!なんでそんなに嫌なの?」
「嫌というか、一人がいいんだ」
アドゥールの奇特なところは、こういった問答に対して非常に気長だというところだ。
これがあとしばらく続いても、いい加減にしないか!と腹を立てることはまずない。
相手と自分の意見が食い違うのは当然のことだと思っているし、なにしろ今すぐ解決しないと生命の危機だという深刻な話題ではないからだ。
逆に言えば、生命がかかっている危険な状態にいる時のアドゥールは、とても厳しい。
まだそんな状況に遭遇したことはないが。
「僕に知られちゃ困る秘密があるの?」
「……秘密?」
特にないが、と言おうとして、これは使えるかもしれないと閃いた。
珍しく冴えている。
問題は、なにをどう切り出すかだ。
黙ってしまったアドゥールの目の前に立ち、ディノは指を突きつけて宣言した。
「今度こそアドゥールと一緒の部屋になって、男同士の話をするんだから!」
瞬間吹き出しそうになって、アドゥールは右手で顔を覆った。
ここで笑ったりしたら、へそを曲げたディノを引きずって歩くことになる。
しかし、よりにもよって「男同士の話」とは。
もう少し落ち着いた相手ならともかく、ディノが相手ではとてもそんな話はできそうにない。
「……アドゥール?」
顔を抑えてうつむく姿に、ディノは急に不安になる。
ちょっと我がままが過ぎただろうか。
「いや、正直そこまで言ってくれるとは思わなかった」
顔を上げて発する声が、いつもとは少し違う声。
わずかに潤んでいるアドゥールの瞳に、ディノは驚いた。
どう見ても、ディノの台詞に感動したようにしか見えない。
これは期待できるかも!と拳を握り締めた。
笑いを堪えたために浮かんだ涙が、良い演出をしている。
それには気づかず、アドゥールは先ほど浮かんだ妙案を試してみることにした。
「実は、同じ部屋になると迷惑をかけることになると思っていたんだが」
「迷惑?なんで?」
「これは、絶対に秘密にしておいて欲しいんだが……」
秘密、という言葉に、ディノがぴくりと反応する。
やっぱり何かあるんだ、と身構えた。
どんな秘密でも受け止めてみせる!と言わんばかりの瞳に、アドゥールは挑戦状を叩きつけた。
「実は……屋内で寝ると、その、髪が動くんだ」
「……え……えぇ!」
「静かに。秘密にしていることなんだからな」
「え?ホ、ホントに?」
動揺しているディノに内心笑いながら、真剣な面持ちで話を続ける。
「動くだけならいいんだが……」
よくないよ!とディノは心の中で叫んだ。
「そのうち勝手に伸びて、なんというか……その……」
「な……なに?」
「近くにいる人間に巻きつくんだ」
息を飲んで、ディノは固まった。
これは、想像もできない展開だ。
「そのうち巻きついた相手をギリギリと締め上げてしまって……」
「うわぁ!ご、ごめん、アドゥール!もういいよ!」
耐えかねたように、ディノがアドゥールの肩に手をおいた。
ブルブル震えているのがわかる。
「うわぁん!僕大変なこと聞いちゃったぁ!」
「それでもいいって言うのなら、今度から同室でも……」
「待って!それはやっぱり、別々の方がいいよ!アドゥールも気になっちゃうだろうし、僕はまだそれを受け入れてあげられるほど大人じゃないから!」
「そうか、そうだな」
「ごめんね、せっかく話してくれたのに!」
「いや、構わないさ」
笑いを堪えていることで微妙に歪んだ表情になったのを、ディノはアドゥールが苦悩しているととった。
無理に聞き出すような真似をして申し訳ないなぁと思って、閃いた。
「そうか!それの治療法を探してるんだね!」
「……は?……いや、ああ」
今度はアドゥールが展開に驚く番だった。
そっちの方は全く考えていなかったのだ。
これは予期せぬ幸運だったかな、と考えていると。
「そうだったんだぁ……それは旅の目的聞かれてもなかなか言えないよね……。うん、僕もなるべく気をつけてみるね!何か手がかりとかあるかもしれないもんね!」
ディノが一人、必要以上の気合いを入れていた。
彼にしてみれば、アドゥールが秘密を話してくれたのに、自分はその気持ちを受け止めてあげられなかったという悔しさがある。
そして、その状態が治れば一緒に宿に泊まれるのだという、いわば目標ができた。
燃え上がらないほうがおかしい。
一方アドゥールは、これはもしかしたら爆弾を作ってしまったかもしれないと、ちょっぴり不安を感じていた。
道行く先で、動く髪を治す方法を知りませんか?などと聞いて回るのではないかとか、変な術士を片っ端から自分のところへ連れてくるのではないかとか、考えればキリがない。
なにしろディノなのだ。
予測も出来ない展開を引き起こすに決まっている。
その場の思いつきで悩みのタネを増やしてしまった……と頭を抱えた。
彼が、基本的に人の言葉を疑わず、しかもやたら親身になってしまう性格だということを計算に入れていなかった。
その純粋さは賞賛に値するのだが、彼の場合行き過ぎと言う気もしなくもない。
「どうしたの?も、もしかして、髪が動きそうなの?」
おたおたと心配してくれるディノに「大丈夫だ」と言いながら、からかったことは詫びるから放っておいてくれと叫びたい気分だった。
人をからかうのは、ほどほどにした方がいい。
そんなことを学んだアドゥールだった。
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