君の抱えているもの 2


 翌朝、食堂。

「おはよう、アドゥール!」
「あぁ」
 元気に挨拶をするディノと、片手を上げて答えるアドゥール。
 席について注文をすませ、これからの行き先を軽く打ち合わせる。
 いつもの朝の光景。

 ここにディノは一石を投じる覚悟をした。

「ねぇアドゥール」
 いつもより少し硬くなった声に気づいて、アドゥールが訝しげな視線を向ける。
「あのさ、今さらなんだけど、アドゥールは何で旅をしようと思ったの?」
「……は?」
「昨日考えててね、ほら、いっつも僕の行きたい方に行ってくれるでしょ?もし、目的があるんだったら、いつもそんなじゃ悪い気がして」
「……大丈夫か、お前?」
 普通の人ならそういう思考も当たり前だが、これがディノとなると話は別だ。
 あまりまともなことを言われると、どうかしたんじゃないかと心配になってしまう。

「大丈夫かって、失礼だなぁ。まるで僕が何にも考えてないみたいじゃない!」
「考えてるのか?」
 不思議そうに言われて、ぐ……っと言葉に詰まったディノである。
 確かにその場の勢いで行動するところばかりを見せてきたし、そもそもの信条は「深く考えない」ことだ。
 しかし、ここで負けてはいけない。
「一応考えてるの!僕だって人の迷惑にならないように気をつけてるんだからね」
「……」
 いっそう不審そうな顔するアドゥール。
 かろうじて「本気で言っているのか?」という言葉は飲み込んだ。
 これで気をつけているのだったら、気をつけなかったらどんなことになるのか……。
 ちょっと怖ろしい想像になりそうだ。

「それで、旅の目的はあるの?」
 重ねて訊ねられて、アドゥールはどうしたものかと迷った。
 突っぱねるのは簡単なのだが、性格からいって、おそらくそれをやったらしばらくディノは落ち込むだろう。
 底なしに明るく見えるが、他人から突き放されるのはひどく堪えるはずだ。
 落ち込んだ人間を連れ歩くのは、疲れる。
 しかし、細かく話す気はさらさらない。
「目的か……」
 視線を流してしまったアドゥールに、ディノは嫌な予感がしてあたふたと言葉を連ねる。
「あの……もしいい難いことだったら、無理に聞こうとは思わないけど……でも、出来れば教えて欲しいなぁと思うんだけど……目指している場所とか……」

「特に行きたい所はない」

 焦るディノの心配をよそに、場所については意外とあっさり返ってきた。
「そ、そうなんだ。じゃあ……」
「目的と言われても……難しいな。大雑把に言えば、探している、という……」
 言葉を選ぶようにゆっくり、しかし誠実に答えられた内容に、ディノは驚いた。
「えっ?アドゥールも探しものしてるの?」
「ああ。……お前も、探しものか」
 もしかしたら「関係ない」と言われるかもしれない問いに答えてくれたうえ、目的が自分と同じだということで、ディノの気分は高揚した。
「うん!僕は探し人、なんだけど」
「……友達、か……」
「え〜っ?アドゥール凄〜い!なんでわかったの?」
「いや……今、ふと思っただけなんだが」
「そうなんだぁ。あ〜、ビックリしちゃったよ。アドゥールは、何を探してるの?」
「俺は……」

「はい!おまちどお!」

 威勢のいい声と同時に、身を乗り出したディノとの前に注文した料理が勢いよく置かれた。
 香草で包んで蒸した肉と、色とりどりの温野菜。
 表面を硬く焼いたパン、濃く煮出した香茶。
「うわぁ〜おいしそう〜」
 立ち上る香りに、ディノのお腹が小さく鳴った。
 視線はすでに料理に釘付けだ。
 アドゥールが、小さく息をつく。
 なんともいいタイミングで、料理が来てくれたものだ。
 表情には出ていなかったと思うが、何を探していることにしようか、頭の中はだいぶ混乱していたのだ。

 ディノには悪いが、正直に全部を話す気は今のところない。
 時が来たら、やむをえない状況になったら、その時は色々なことを話しても良いと思っている。
 そうならなかったら、それはそれで良い。
「冷めないうちに食べてくれよ」
 ディノの言葉で気分を良くしたのか、愛想よく片目を瞑って笑う青年に、心の中で感謝した。
「いっただっきま〜す」
 単純なディノの性格にも、今回ばかりは助けられたと言えるだろう。
 幸せそうに肉をほおばるディノを見ながら、アドゥールはパンを手に取った。


「なんか、上手い具合に肝心なところを誤魔化された気がする……」
 昼過ぎ。
 朝食のおいしさに、今日も一日良い日だぞ〜と盛り上がっていたディノだが、ふと食事前の会話を思い出した。
 大雑把な旅の目的を聞いて、さらに掘り下げようと思ったら、料理が目の前に出てきたのだ。
 そのまま幸せ気分で歩いてきてしまったが、これではいつもと変わらない。
 やられた……!と唇を噛んで、悔しそうな顔をするディノ。

 そろそろ少し休憩をするか?と提案しようと振り返ったアドゥールが、その表情を見てため息をつく。
 どうやら思い出してしまったらしい。
 しかもあの顔からいって、『アドゥールが誤魔化した』と考えているに違いない。
 これは早々になんとかした方がよさそうだ。
「ディノ」
 アドゥールの呼びかけに、一瞬遅れてディノが弾かれたように顔を上げる。
 それもそのはず。
 アドゥールがディノを名前で呼ぶことは滅多にないのだ。
 だいたい、「おい」と声をかけるか、呼びかけもせずに話し始めるかのどちらかだ。
「な、なに?アドゥール」
 突然のことに、ディノはバクバクする胸を押さえた。名前を呼んでもらえたことが、嬉しい。
「少し休もう」
「あ、うん、そうだね。ずっと歩きっぱなしだもんね」
 あのへんの木陰なんかいいんじゃない?と言いながら元気よく走るディノに、アドゥールは苦笑する。
 これで多分、さっきまで考えていたことは消し飛んだはずだ。

 アドゥール。
 ボケているようで、実は自分の言動を計算している男である。


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