君の抱えているもの 1


 宿の一室。
 ランプがほのかに室内を照らして、昼間の疲れを包み込んでくれるようだった。
 旅をするようになってから、こうした穏やかな時間が価値あるものになった気がする。
 まだこんな生活をしていなかった頃、ゆっくり流れる時間がもったいないと、刺激的なことを常に探していた。
 恵まれた環境だったからなのだと、最近は思うことが出来る。

 帰る家。
 苦楽を共にする仲間。
 厳しく優しく見守ってくれる人たち。

 それらがあってこそ、無理もできたし無茶もした。
 今、そんなことは出来ない。してはいけない。
 気づいてみれば、自分一人で責任を負える範囲は、あまりにも狭かった。

 けれど、あの頃に戻りたいとは思わない。
 自分が「あの時」に選んだ道は、間違っていない。
 少し、予測を超えた事態に出くわしただけ。
 今、自分が進んでいる道も、間違ってはいない。
 少し、予想しなかった状態になっただけ。
 ただ、一人になって想いを馳せると浮かぶのが、あの頃の景色だというのがなんとも笑える話だ。

 寝台に倒れこんで天井を見上げながら、苦笑する。
 こんなことを考えていると同行者に知れたら、目を丸くされそうだ。
 熱でもあるの?と、心配されるかもしれない。
 多少とはいえ、自分にも原因があるなどとは思いもしないだろう。
 このまま、気づかないでいればいい。
 その方が、お互いのためだ。

 髪を束ねている細い紐を乱暴にほどいて、アドゥールは目を閉じる。
 あの光景が脳裏を横切る前に、眠ってしまいたかった。




 ディノは寝台に腰掛けてむくれていた。
「せっかく一緒に旅をしてるのに、なんでいっつも部屋が別々なのさぁ」
 アドゥールと(強引に)旅をするようになってから、一緒の部屋に泊まったことがない。
 野宿の際には近くで寝ているし、ディノが話すことにも意外と耳を傾けてくれるし、同行者がいると楽だなと言っていたこともある。
 何で屋内になると別になるのか、ディノにはさっぱりわからない。

 同行者云々については、ディノは全く考えもしないだろうが、単に「外は物騒だから誰かがいると楽だ」という意味だ。
 二人以上いれば交替で見張りができるとか、何かあったらどちらかが気づけるとか、そういうことである。
 残念ながら、ディノが思っているような「誰かと一緒にいられて嬉しいな♪」という意味合いではない。
 そもそも、強引に同行者になったディノをアドゥールが心から信頼しているかどうかも疑問に思わなくてはならないところだ。

 そんなことは、端から想像する気もないディノ。
 なんとかアドゥールを説得して、次こそ同室になろうと考えをめぐらせていた。

「絶対一緒の部屋にした方がいいのに〜」
 もう知らぬ仲でもないのだから、二部屋取るなんてもったいない。
「お金の話でせめたらどうかなぁ?」
 二人で寝られるちょっと広めの部屋を取った方が、金銭的にも楽なのだ。
 道中、雑用などをしながら稼いでいるが、大きな額にはならない。
 少しずつ貯めて、何日かおきに宿をとる生活だ。
 しかし、ギルドには入っていないはずなのに、やけに手配書に詳しいアドゥールが持ってくる儲け話には、ディノが乗り気ではなかった。
 ギルドにはあんまり関わりたくないからだ。
「あぁ!駄目じゃん、これじゃ!」
 これについては自分の我がままだから、触れないほうがいいだろう。
 金銭的なことが気になるなら、好き嫌いを言わずにやればいい、と返されるに決まっている。
 同室になれる可能性は極めて低い。
「む〜……もぅ!一緒の部屋でお話したりとかしたいだけなのに、どうしてこんなに考えなきゃいけないのさぁ」
 ディノの頭の中には、今日あった出来事とかさっきの夕飯のこととか、喋りたいことがたくさんあった。
 部屋に戻ってから、アドゥールとそういうことを話したいだけなのだ。
 出来れば、自分と出会う前の話とかも、そのうち聞かせてもらえれば嬉しいな〜と思ってもいた。

 旅をしていくうちに、ディノは彼を本気で気に入ってしまった。
 正直、出会ってからの数日間は、すぐに別行動になっちゃうかもしれないけど仕方ないかな、と思っていたのだ。
 アドゥールが同行者を求めている様子ではないとわかっていたし、あまり他人との接触をしないように行動しているふしがあったからだ。
 何も考えず奔放に巻き込んでいるように見えても、一応ディノだって相手のことを見てはいる。
 だから「このへんからもう別々に行こう」と言われたら、無理についていくのはやめた方がいいかな、と考えていたのだ。
 ちょっと……いや、かなり大事なところで抜けているアドゥールを一人にしてもいいものか悩むところではあったが、それは自分にも当てはまる。
 他人のことをどうこう言える立場ではない。
 ところが。
 いつまでたっても、その言葉は出てこない。
 それどころか、徐々に口数が増えていったり歩調を合わせてくれるようになったり、嬉しいことばかりが続くのだ。
 しばらくの間、別れることはなさそうかも!と思った瞬間、もっと仲良くなりたいという欲求が膨れあがった。

「あれ?……そういえば、アドゥールはなんで旅をしてるんだろう?」
 今さらといえば今さらな疑問に、ディノは思いあたった。
 そういえば、自分の旅の理由も話していない気がする。
 なんとなく一緒に、なんとなく同じ方向に歩いているのだ。
 街道が二つに分かれた時は、だいたいディノの行きたい方に行ってくれる。
 アドゥールが道を決めたことは、あっただろうか。
「これは、ちゃんと聞いておかないと駄目だよね!なんか、僕の旅に一緒についてきてもらってるみたいだもん!」
 アドゥールにはアドゥールの、旅の目的があるはずなのだ。
 それを聞いておかないと、突然行き先が異なってしまうことになるかもしれない。
「でもなんか聞きにくいんだよな〜。詮索したら怒られそうなんだもん」
 いままで何をしても本気で怒られたことはないのだが、この件に関してはどうにもそういう気がしてならない。
 怒られはしなくても、関係ないだろう、と突っぱねられる可能性が高い。
「それって僕、事実でも言われたくないし」
 言われた場面を想像して、がっくりと肩を落とす。
「関係ないって、一番冷たい言葉な気がするんだよね〜」
 その言葉を聞こうものなら、しばらく落ち込んで立ち直れないことが、容易に想像できた。

 横に倒れて、唸る。
 そのまま意識は、吸い込まれるように夢の世界へ向かっていった。


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