海上の大嵐


「ねぇちょっとアドゥール!どうすんのさ、これーっ?」
「どうすると言われてもな……どうにかするしかないだろう」
「そんなノンキなこと言ってる場合じゃないよぉ!なんとかしてよーっ!」

 力いっぱい叫ぶディノの声は、風にかき消されていった。
 不安定を通り越した足元に、身体が揺さぶられて気持ち悪くなる。

「しっかりした中型がいいって僕はあんなに言ったのに、小型の船で充分だって勝手に交渉したのはアドゥールじゃないかぁ!」
「そうだな。金がないんだ、仕方ないだろう」
「絶対これ、嵐になるよ!そしたらこんな帆船は転覆しちゃうよ!その前に岸にたどり着かないとー!」
「それはそうなんだろうが、あいにく俺は船に詳しくないからな」

 前後左右に不規則な動きをする乗り物の上でも、アドゥールは相変わらずの沈着冷静ぶりだった。
 そう、古くなった船を買い取ったまでは良かったが、二人とも海上に出た経験は皆無に等しい。
 こんなに荒れるまで帆をたたまずにいたのが、何よりの証拠だ。
 これでは激しく揺らして転覆させてください、と言っているようなものだろう。

「も〜う!詳しいとか詳しくないとかの問題じゃないよ!自慢じゃないけど、僕泳げないんだからぁっ!」
「それこそこの場合、泳ぎは関係ないだろう。まさか、泳いで押すとか言わないだろうな」
「あのねぇ!僕そんな馬鹿に見えるのっ?泥にハマった馬車じゃないんだから、押したって無駄でしょ!」
「押せないだろう、その前に」
「アドゥールが言ったんだよ、先に!どうして僕をそんな目で見るのさぁっ!」

 お互い話が噛み合っていないことにも気づかない。
 ディノは自分の身を心配して叫んでいるが、アドゥールはこの状況から抜け出す方法を探している。
 端から見れば頭が痛くなるほどくだらない言い合いだったが、本人たちは真剣だ。
 特にディノにとって、大量の水に囲まれての緊急事態は最も好ましくないものだった。
「気持ち悪いよーぅ!どうせなら一定方向から風が吹いてくれればいいのに〜!」
「なんだ、そんなことで良いのか?」
「だってこれ、帆船だよっ?風で進むんだから、それで良いじゃない!」

「なるほどな……それもそうか」

 ぼそりとつぶやいて空を見上げるアドゥール。
 雲はますます黒く厚くなって、本格的な嵐になりそうだった。
 このままいけば、立っているのもままならない状態になるだろうし、転覆も時間の問題だ。
 現に今も、ディノはマストに必死にしがみついているし、声は冷静なアドゥールも実はしっかりマストのロープにつかまっている。

「おい」

 自分の身体に幾重にもロープを巻きつけながら、アドゥールがディノを呼んだ。
「なに?!どうにかなりそう?」
 行動を起こした青年に、ディノが身を乗り出す。
「つかまっていろ。風を呼ぶ」

 言うが早いか、アドゥールは印を結び、早口に何かを唱え始めた。
 期待に顔を輝かせてそれを見ていたディノが、次第に青ざめていく。

「アドゥール!ちょっとまって!それはいくらなんでも強力すぎ!」

 止めようと手を伸ばすが、あとわずかが届かない。
 ほどなく。
 完成した魔法で、突風が巻き起こった。

「いやぁ〜ぁ〜ぁ〜!」

急に加速して前進する船に振り落とされないよう、ディノはマストを抱きしめるようにしがみつきながら、悲鳴を上げた。

「これで嵐を抜けられるだろう」

 妙にはっきり聞こえたアドゥールの言葉に、ディノは根本的な問題を叫び返した。
「どこに向かって進んでるのさーっ?」
「――――」
 黙ってしまったアドゥールに、ディノは悲鳴を上げながら、思いつく限りの悪態をついた。


 果たして二人が向かった先は……?






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