君の名前を呼んだ日


「へーぇ、すごいなぁ。何者?」
 横たわる山賊たちを眺めて、ディノは感嘆の声を上げた。
 この山を越えるには、山賊たちをどうにかしなくてはならないと麓の人に聞いていた。
 よほど注意して歩かなくてはならないと腹を据えて、登り始めること数時間。
 魔法の気配と爆発音がしたので駆けつけてみると、噂の山賊と思われる者たちが、二十人ばかり倒れていたのだ。

 その山賊たちを、面白くもなさそうな顔で見下ろす青年が一人。
 この青年が魔法を使ったのだろうし、身につけているものも魔法使い御用達の装備だが、腰には長剣を下げている。
 まれに魔法剣士などと名乗る者がいるようだが、彼もその一人なのだろうか。

 長くたらした赤茶の髪が、何故かディノに強烈な印象を与えた。

 ディノは、自分の方をちらりと見るだけで答えようとしない青年に、一歩ずつ近づいていく。
(これ、まさか山賊の罠じゃないよね……近づいた途端に、この人たちが起き上がるなんてことはないよね……?)
 不吉な考えが頭をよぎるが、青年への好奇心がそれを押さえ込んだ。
 強力な魔法が使える人に、ディノは非常に興味がある。

「これだけの人数を一撃でってなると、かなりの使い手だろうし、魔法使いのギルドでも有名になりそうだけど――」
「ギルドには入っていない」
 ウキウキと話しかけるディノにそっけなく答えて、青年は外套をひるがえす。
 干渉されるのは至極迷惑だ、とその背中が言っていた。

 が、そんなことで怯むディノではない。

 むしろちょっとでも返事をしてくれた時点で、仲良しになれる可能性がある!と思い込んでいる。
「ギルドには入ってないのかぁ。そうだよねぇ、あんな優等生ばかりの集まりじゃあ、面白くもなんともないもんねぇ。規律に反することしたら外されちゃうのわかってるから、どんなに悪ぶってても高が知れてるもん。まぁ中にはそんなの知ったことかって言える人もいるだろうけどね」
 当然のように後ろを歩きながら、能天気な口調で、返事のあるなしを構わず喋り続ける。
 と、青年の動きが止まった。

「……そういうお前は、ギルドの人間だろう」

 相手にしてくれた!と嬉しそうな顔になるディノを、青年は嫌なものを見るような視線で見返す。
「そうなんだけどね、疲れるんだよ、あそこ。なんだかんだと制約多いしさぁ。だから僕は一人で行動してるんだ。その方が面白いからね」
「そうか」
 くだらない会話をしてしまったと言わんばかりの態度で、再び青年が歩き出す。
 その背に向かって、ディノはとっておきの言葉を投げつけた。

「決めた!一緒に旅をしよう!!」

「――なんだと?」
 何かにひっかかったように立ち止まった青年へ、ディノは嬉々として自分の思いつきを語った。
「だから、僕と君とで一緒に旅をしようよ!ギルドに入っていない君と、ギルドから離れている僕。良いと思わない?すごく合うと思うんだけど」
「言っていることの意味が、よくわからないんだが」
 心底嫌そうに眉をしかめた青年に、ディノはきっぱりと言い放つ。
「この出会いもね、きっとマルドゥーク様のお導きだよ!だから僕らは一緒に旅をするべきなんだ」
 主神の御名に、青年が思案するような顔になる。
「それにさ、僕こう見えて掃除も炊事も得意だし、お裁縫も出来るよ」

 どこかずれている台詞の中に何を見出したのか。
 青年は、深いため息をひとつ。
「――どこへ行くんだ?」
 相変わらずの無表情ではあったが、青年はディノに向き直った。

 同行を認めたも同然の言葉に、ディノは顔を輝かせて飛び跳ねる。
「僕はディノ。ディノ・ラクサヌール。君は?」
「ディノ……か。アドゥールだ」
「よろしく、アドゥール。とりあえず、この山を越えて町に行こう!」
 返事もなく、向きを変えて歩き出すアドゥールの後ろを、踊りながらディノがついてゆく。

 奇妙な二人旅は、こうして始まった。





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