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街道に、少年は立っていた。
吹く風が、やわらかに頬を撫でる。
暮れようとする空に、見たこともない朱が射して。
道の向こうに立つ人の影を、長く伸ばした。
囲まれている。と、サジルは気づいた。
少年から数歩離れて立っている、その背に。
幾人もの視線が突き刺さる。
敵か。味方か。
探っているのが丸わかりの不躾さに、苦笑した。
少年は、サジルに背を向け静かに立っている。
道の向こうから、一人、近づいてくる影。
タナンは、言った。
抵抗しないことを示して、戻るのだと。
荷物も全て捨てて、今日の思い出だけを抱えて、行くと。
サジルは止めなかった。止めることなどできない。
本人がこうと決めたことに異論を唱えることは、その状況を、より的確に把握している者にしか許されない。
ディノールには怒られるだろう。
最悪の場合、泣き出すかもしれない。
それでも、サジルに止める気はない。
ただ、タナンが危険な目に合いそうだと思ったら、飛び出していくつもりではいた。
戻った先に、過酷なものが待っているようなら、無理を言ってでもついていくつもりでいた。
タナンは知らない。言うつもりもない。
こうと決めたら、その通りに動くのがサジルだ。
街道に出て、タナンは言った。
「ありがとう」と。
「今日が、僕の人生で一番幸せな日だった」と。
その笑顔を、サジルは忘れない。
たとえこれで、最後になったとしても。
初めて真正面から見た、曇りのない、綺麗すぎるあの表情を。
少年が、ゆっくり帽子をとった。
流れ落ちる、艶やかな黒髪。
一体今までどうやって帽子に入れ込んでいたのか、肩を過ぎたあたりまで伸ばされていた。
途端、周囲の気配がふくれあがる。
帽子をとった時点で降参の意を伝えたと思っていたサジルは、落ち着きなくあたりを見回した。
タナンの、髪が。
風の方向に関係なく、ふわりと浮かび上がる。
振り替えった、その顔は。
ひどく大人びた、冷たい視線の、今までの少年からは想像もできないような表情だった。
まさか――
やり合う気なのか、とサジルが一歩を踏み出したその時。
少年を中心に、風が巻き起こった。
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