「ぼくは、タナン」

 帽子をわずかに持ち上げて、彼は初めて他人に名を名乗った。
 途端に高揚する気持ち。
 名前を伝えられる相手がいることは、こんなに嬉しいものなのだと知った。

 はにかんだように笑うタナンに、ディノールは全開の笑みを返す。
 名前を教えてもらった時点で、彼にとってその人は友達だ。

「よろしく、タナン。ねぇ、僕向こうの方まだ見てないんだ。一緒に行こうよ」
「うん。あ……でも……」
 自分と一緒にいたら、この少年がもしかしたら危険な目に合うかもしれない。
 タナンの思考を読んだわけではないだろうが、ディノールはそんな迷いを吹き消すような言葉を放った。

「大丈夫だよ!またなんかあったら、僕が追い返すし。さっき魔法を使ったっているのは嘘だけど、魔法が使えるのは本当なんだ。しかも結構デキルんだよ、僕」

 自信満々に言われて。
 タナンは一緒に見て回ることを決めた。
 守ってもらいたいわけではない。
 彼なら、何かがあっても自力で安全な場所に行くことができると、そう思ったのだ。
 それが、一番重要なことだった。

「俺が、保護者でついていくからな」
「えぇ?おじさんついてくるのぉ?」
「おじさんじゃない!サジルだ!」
「……なんで?」
 タナンは、思わず聞いていた。
「あ?」
 さっきの件で怒っていたはずの彼が、どうしてそんなことを言い出すのだろうと、かなり不思議だった。

「なんで一緒に来てくれるの?」
「……子供が保護者なしで歩いてたら、変なやつらに狙われるだろうが」
 そっくりかえって言われた台詞に、ディノールが明るく笑って言い返した。
「うちの報酬が目当てなら、そう言えばいいのに〜」
「ぐっ!……違うぞ!断じてそんなことじゃない!」
「じゃあお手当てなしでいい?僕そういう風にお父様に伝えるから」
「なに言ってやがる!くれるっていうもんはもらうに決まってるだろう!」
 なんだ、そういうことか、とタナンは苦笑した。
 とてもわかりやすい思考だ。
 ほんの少しだけ、このサジルという人も好きになった。

 タナンは、自分に正直な人が好きだ。
 それを利用して、他人に負荷をかけないよう振る舞える人が好きだ。
 サジルは、多分そういう人なのだ。
 自分たちについてくるのは、きっと最初に言った理由が一番なのだろう。
 ディノールは、わかっていてからかっている。

 タナンに、負荷をかけないために。

 ――自分は?
 何も知らせないまま、このまま二人と一緒にいてもいいのだろうか。
 正直に、話をしてからの方がいいのではないだろうか。
「タナン?」
 のぞき込む、青い瞳。
「ディノール……サジルさん」
「なに?」
「んあ?」
 自分を見つめる瞳に。
「話しておきたいことが、あるんだ」
 黙っていてはいけないと思った。
 たとえそれで、初めて得た友人がいなくなってしまうとしても。


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