近づくと「あっちじゃない?」とか「でもさっき通ったし」といったような会話が聞こえてくる。
「あの!」
 急に聞こえた高い声に驚いたのか、二人の動きが一瞬止まる。
 見下ろされて、今度は彼が硬直した。
 勢いで離しかけたは良いものの、彼は女性と正面きって話したことがない。
 それ以前に、他人と正面から向き合ったことすらない。
 それでも話しかけた以上、ちゃんとしなくては。
 お腹に力を入れて、さっき自分が通ってきた方向を指差した。
「あそこに案内所があるんです、だから、あの、もし困ってるならそこで聞いてみたら……」
 声は徐々に小さくなったが、女性には伝わったらしい。
 一人がにっこり笑って、彼の頭に手を置いた。
「ありがとう。優しいのね」
 笑顔を向けられるのも、お礼を言われるのも、頭にやんわり手を置かれるのも、初めてのことで。
 真っ赤になりながら、「いいえ」と答えるのがやっとだった。

 手を振って案内所に向かう女性を見送って、そういえばあの人はどうしたのかと振り返る。
「やってくれるな、ぼうず」
 そこには、さっきの男が腕組みをして立っていた。
 顔は笑っているが、眼が怖い。
「俺が案内すれば、後で礼金がもらえたんだがな」
「……れ……れいきん?」
「……そうだな、お前みたいなガキにはわからんか。要するに、お前は俺の仕事の邪魔をしたわけだ」
「案内所に案内するのが、仕事?」
 そんなの誰にでも出来るんじゃないだろうか。
 疑問が顔に出ていたのか、男が苦笑する。
「あのな、誰かが困っているから手を貸してやろう、なんて考える人間は少ないんだ。だいたいこんな人ごみじゃ、隣の奴が困っていても気づかないものなのさ。だから俺たちみたいなのが必要になる」
「……」
「わかったか?お前は俺の仕事を邪魔したんだ」
 がしっと頭をつかまれて。
 反射的に腕を振るった。

 何かが、空間で弾けた――



- 12 -


[*前] | [次#]
ページ:






感想掲示板
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -