零の旋律 | ナノ

 王子、貴方の願いは何ですか

 貴方が望むのならば
 私はいつだって、ヒトを殺します

「お初にかかれて光栄です、王子。私は今日から仕えさせて頂くカサネ・アザレアと申します」

 ――あの日、策士と出会ったことを回顧する。

 その時は、ただ若いなと思っただけだった。ただの餓鬼。そうこいつもまた俺の命の狙っているもんだとばかり思っていた。

「今日から私は貴方に仇名す者全て滅ぼしましょう」

 所詮上辺だけの言葉。良くもまぁ口から出まかせが途切れることなく続くと変に感心するほど。
 心の中では俺を暗殺しようと思案しているだけだろうに。俺は保険で、邪魔な存在だから。
 捻くれた俺の思考とは裏腹に、こいつは俺の前に来られた事が幸福だと言わんばかりに微笑んでいる。大した演技力だ。
 万が一、暗殺目的じゃなかったとしても、第三王位継承者に媚びを売ったところで見返り等ないのに――愚かしい。

「王子、本日の食事のメニューは……」

 夕食の時間、俺は一人で食べる。部屋に執事が食事のメニューをいいながらテーブルに一つ一つ丁寧に並べる。一人で食べるのが勿体ないほど豪華な食事が毎日続く。
 例え第三王位継承者だとしても、王子であることには変わりないから――それらの大きな違いが俺を王子だと自覚させる。

「王子、私が毒見しましょうか?」

 執事が部屋を後にすると、カサネが部屋にやってきた。カサネはずっと俺の後をつけている。邪魔で仕方ない。鬱陶しい。俺が隙を見せるのを待っているのだろうが、俺だってそう簡単に隙を見せてやるつもりはない。
 ――毒見など下らない。
 一目見た時から、たいして歳のいっていない子供が俺の前にいることが気に食わなかった。

「いいや、そんな必要はない」
「わかりました」

 普通なら食い下がらないだろうが。カサネはあっさりと引き下がった。是幸いと俺はそのまま料理を口にする。

「くっぐはっ……」

 本日の料理は毒入りだった。食べてすぐに効果が表れる。こんなことならカサネに毒見でもさせるべきだったか。
 俺は王子故に、毒が盛られる事も日常的だ、だから多少の毒じゃ死なない耐性がついていた。しかし是はまだ耐性の無い毒だ。
 椅子に座っていられず地面に倒れる。料理を吐きだそうとしたが身体が苦しくて思うようにいかない。
 カサネが駆け寄る足音が聞こえる。

「王子!? 大丈夫ですか? ……早くこちらへ」

 俺よりも小柄で幼いカサネは俺をお姫様だっこの形で悠々と持ち上げた。普段なら良くその細腕でと感心したかもしれないが、今の俺にそんな余裕はない。

「……この毒は……」

 カサネが何か冷静に呟いていた気がした――意識が不鮮明であの時何と言ったのかはわからない。
 その後、俺はカサネの迅速な手当により一命を取り留めた。

「……誰だ、王子を毒殺しようとした不埒な輩は」

 遠のく意識の中でカサネの瞳が不気味な程に怪しかったのを俺はみた気がした。
 それから数日後、元通りに動けるようになった俺の耳元に飛び込んできたのは王室に仕えていた大臣や、その部下が何名か原因不明の毒で殺されたと聞かされた。
 話を伝えてくれたのは俺の世話をしてくれるメイドだ。
 そのことをメイド同様に俺につきっきりで介護していたカサネに知っているのか会話の一環として投げかけてみた。

「王子から声をわざわざかけていただくなんて、光栄ですよ」

 そんなことを最初にいわれた。そういや、俺から声をかけることなんて滅多になかったか。

「その話のことでしたら、御心配には及びません」

 何が、と言いたげな顔を俺はしていたのだろう、カサネは手を口元に当てて薄く笑った。

「王子を毒殺しようとした輩は片づけておきましたから」

 あっさりと、日常の他愛ない会話をしているかのように告げた。
 一瞬俺の頭は真っ白になり――そしてあの時カサネの瞳が不気味な程に怪しかったのは見間違えでもなんでもなく現実だったことを理解した。
 カサネは俺の看病をしながら、毒殺しようとした犯人を突き止め、殺害した。

「……ウソだろ?」

 冗談だと思いたくて呆気にとられる俺にカサネは何事もなかったかのように――それこそ最初から殺された大臣や部下が存在しなかったかのように応える。淡々と残酷に。

「私が王子に嘘をついてどうするのですか。あの輩たちは王子を抹殺しようと暗躍していたので始末しただけです、不思議がることは何もないでしょう」
「……」

 開いた口が塞がらないとは正にこのことだと思う。

「ご心配には及びませんよ。だーれも私の元までは辿り着きませんから」

 カサネの宣言通り、結局大臣とその部下を殺害した犯人が捕まることはなかった、それだけではなく明確な死因が判明することもなかった。

「私は王子に仇名す者は全て抹殺します」

 カサネの瞳は冷酷に輝く
 跪いて、頭を垂れる


 それから、数年たった今でも、カサネは俺の元にいて
 俺の障害になるものを、平然と始末している。
 それを止めたいとは思うけれど、カサネと離れたくないと思っている。そんな俺も既に狂っている。

「王子、何をしているのです?」

 回顧していた俺にカサネは声をかけてくる。

「お前と最初に会った時を思い出していたのさ」
「あぁ、あの時は私に敵愾心むき出しでしたね、私に暗殺されるのじゃないかって不安がって」

 カサネはあの時の俺の態度なんかお見通しだったらしい。

「その後は暫くお前が怖かったけれどな」

 何もなかったように殺害したカサネの存在が恐ろしく思えてならなかった。

「敵対心、恐怖心の次は驚愕でしたね」

 あぁ、驚愕したよ。

「そりゃ、誰だって驚くよ。俺よりお前が年上だったなんて誰が思うものか」

 この策士カサネ・アザレアは出会った時から殆ど変らない少年のような容姿をして、数年前に成人を終えた俺よりも年上なのだから。
 誰がそんなことを信じられるという。
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