アーク・レインドフの疑問 アークの前方にある花壇では春の到来を祝福するかのように、紫色の花弁を持った花がところせましと咲き誇っていた。春風に乗って、花特有の匂いが鼻孔を擽る。 ――カトレアが見たらなんというだろう。 そう思ってしまうほど、この学校にある花壇は綺麗だった。 アークは花壇から目を逸らし、隣に立っている男に向かって呟いた。 「綺麗な学校、だな」 隣にいる男――ヒースは頷くでもなく淡々と返す。 「正確には寄宿舎ですよ、バカ主」 「あー、いいから帰るぞ」 これ以上ヒースに喋らせると、仕事後だというのに一層疲れてしまう予感がした。簡単な仕事だったがそれは避けたい。 アークは口を挟み制止する。 「……ええ」 ヒースはどうもしっくり来ないらしく、しきりと首を傾げていた。その様子に一言言ってやりたかったが、なにも言わずにいられた。 二人は寄宿舎を後にしようと歩を進める。寄宿舎を出る前にアークはもう一度振り返った。そして、花壇に視線を向けてもう一度思う。 ――カトレアが見たらどう思うだろう。 レインドフ家に戻ったアークとヒースを出迎えてくれたのは、熱々のグラタンを口に頬張っている双子――リアトリスとカトレアだった。 手前に座っているカトレアが、予想以上に早いアークの帰宅に不思議そうに瞬き視線を向けてくる。 「あっれー? なんで主とヒースがもう帰ってきてるんですか? 仕事、失敗したんですか? したんですね」 「俺がんなヘマするかよ、つか真っ先に失敗に結び付けるとかお前俺をなんだと思ってるんだ!」 「……晩ご飯?」 口の中にあるものを飲み込んでからリアトリスは答える。尋ねてから答えるまで間があったので、リアトリスなりの冗談だと思いたいが、実は本当にそう思っているんじゃないかと疑ってしまう。 「さすがに答え直してくれないか?」 「えー」 リアトリスはマカロニをフォークで刺しながら残念そうに言う。カトレアは一度二人を見てからというもののこちらに顔すら向けてこない。 「リアトリス」 アークとリアトリスのやり取りに一段落ついたころ、アークの隣に立っていたヒースが口を開く。名前を呼ばれたリアトリスはフォークを口に含んだまま視線だけをヒースに向ける。 「一応お聞きしますが、グラタンは二人分しか用意していませんよね?」 「あ、そうだな。そこは割と大切だぞ」 ヒースの質問にアークは頷く。 「私とカトレアの分しか用意していませんよー。主達、もっと掛かるって思ってましたから」 「だそうですよ、主」 リアトリスが言い終わるなりこちらに同意を求めてくるヒース。 「……作るしかないみたいだな……」 うなだれるや否や、早速夕飯を作りにキッチンへ向かおうとして、足を止めた。思い出したことが一つあったのだ。 思い出すのは、学校で見た――。 「カトレア」 先程から黙ってグラタンを食べ進めているカトレアの名前を口にする。名前を呼ばれたカトレアはフォークを持ったまま顔を上げた。金色の髪がふわりと揺れる。 「なに?」 「お前さ、花壇もっと欲しかったりするか?」 花壇ならレインドフ家にもあるが、植え替えの手間を考えると新しいのを購入した方が良いように思える。それにあのように綺麗な花壇がレインドフ家にあったら、執事やメイドも少しは変わる……かもしれない。 カトレアは少しだけ考えるそぶりを見せてから首を横に振る。 「いらない、今でも十分楽しい」 「そうか」 あっさりと断られる。アークは小さな溜め息を吐き残念がるが仕方ない。カトレア以外面倒を見る人間はいないだろうし、本人がいらないと言うのならいいのだろう。そもそも押し付けるものでもない。 アークはそう判断した。 「んじゃヒース。お前夕飯作るの手伝え」 気持ちを切り替えてヒースに向き直ると、ヒースはいかにも「嫌です」オーラを出していた。 「遠慮させて頂きます」 「いや、普通執事は頷くとこだから頷けよ」 アークは今度こそ台所へ向かおうとする。今晩は何を作ろうか悩みながら。リアトリス達と同じものというのも少しだけ悲しい気がする。 「花壇の話にオチもない主のために時間外労働をする気はありません。やはり断らせて頂きます」 「買わないっつーのがオチだから。つか皿出すくらいだから手伝え。給料減らすぞ?」 アークが返すと、「はあ」というヒースのあからさまな溜め息が耳に飛び込んでくる。 「すぐに金で物を言わせようとする主を持った不運を非常に嘆きたいです」 「働く気のない執事がよく言う」 いつものやり取りを繰り広げながら広間を後にする。もちろん、不承不承……といったヒースも一緒にだ。 「主」 廊下を歩いているとヒースに名前を呼ばれる。足を止めて振り返ると、先程よりも僅かに真剣な表情を浮かべているヒースが立っていた。 「先程カトレアに言っていたあのオチのない話ですが」 「だからオチはあるっての」 抗議してみたが当然のように受け流されてしまった。 「いきなり花壇なんてどうかされましたか? 仕事好きが行き過ぎてとうとうおかしくなってしまいましたか? それですと少々困るのですが」 「お前は一度困っておけ」 台所に入り、手慣れた様子で材料を用意するアークの動作をヒースが肩を揺らしながら眺めている。 「ほら、今日学校に行っただろ。仕事で」 「寄宿舎なら行きましたねえ」 カトレアの件を知りたそうにしているので、アークが説明をしようとすると途中で茶々を入れてくる。適切な指摘にうぐっと息を詰まらせるも、なんとか話を続ける。 「んで、その……寄宿舎に花壇があったのを覚えてるか?」 話している間も夕飯の準備を進めることを忘れない。 「花壇……」 昼間見た光景を思い出そうと唸るヒース。腕を組み考え込んでいる。 「ああ、ありましたね。入口に凄く綺麗な花壇が」 思い出したらしく、暫くしてから頷く。アークはその間も忙しなく厨房を動き回っていた。こういう時、レインドフ家に調理人が欲しいと強く願う。 「もしかしてあの花壇に影響されたと、理由にもならないようなことを理由として言われるおつもりですか?」 「よく分かったな、と言いたいが一言余計だ。あ、ソテーの入る皿を出してくれ」 フライパンで炒めた鶏肉が、加熱により変色している。そろそろいい頃だ――アークはそう判断して隣にいる人物に指示を飛ばす。しかしヒースは微動だにしない。聞こえなかったのだろうかと不安になり、もう一度口を開いた。 「おい、ヒース。お前に言ってるんだけど」 「ああ申し訳ありません。主には似合わない言葉の数々に意識が飛んでしまったようです」 アークが声をかけるなりヒースが口を開いて動き始める。皿を用意するヒースの後ろ姿に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが止めた。肉が焦げてしまう。 「そんなに似合わないか?」 「ええ、それはもう。言葉で言い表せないほどです」 アークは返事をしないまま、差し出された皿を受け取る。きっぱりとした物言いに、逆に考え込んでしまう。 自分が花について語るとこんなに否定されるなんて、そんなにおかしいだろうか。考えても考えても答えが出ない。 アーク・レインドフ、最大の疑問だった。 後日談 リ「主ー! カトレアに花壇をあげるつもりだったなら私にもなにか下さいよー!」 ア「爆弾でいいか?」 ------ 同盟にて、上月茉莉様にレインドフ家の日常を書いていただけました! レインドフ家のそのまんまの日常で沢山の笑いを有難うございます。 ああ言えばこういう執事やメイド(リアトリス限定)VS(?)アークの会話…言葉の攻防戦が巧みでに終始ニヤニヤ状態でした。 会話の流れがスムーズで、丁寧な描写の一つ一つに、その場の雰囲気が自然と脳内で再生されます! この度は書いて下さり有難うございます。 |