重たく、曇った昼下がりだった。何時もなら日差しがよく当たるであろう中庭も薄暗い。 俺は一人、薄雲に覆われた空を仰ぐ。太陽は隠れているのに、妙な明るさを感じた。光源は定かではない。あえて言うのなら、光と影が等量に混じりあい、行き場を無くしてわだかまっているかのようだった。 何をするでもなく、そんな些細な異常の中に身を置いて、心を空にしていた折だ。 「――おや。一人かい?」 よく通る、涼やかな声が届く。一瞬、日輪に見放された場所へ日差しが届いたものかとすら思ったほど、その場の空気が華やかになった。 それが誰かなど、愚問だろう。俺はわざと勿体ぶった調子で溜め息をつく。 「……お前こそ。さっきまで取り巻き連中に囲まれてたじゃねえかよ」 「無論、丁重に辞してきた所だよ。彼女達の厚意を袖にする訳がないからね」 隣いいかいと問いかけながら、此方の返答も聞かずに佳弥は傍らに並ぶ。……まあ、例え俺が『来るな』と言っても、一笑に付するのだろうが。 そんな想像が容易だったからこそ、自然と溜め息が漏れる。仮に、溜め息をつく度に幸福が逃げるなら、俺はもう一生分の幸せを手放している事になるだろうな。……主に、こいつのせいで。 「まあ“王子”なんて呼ばれちまうくらいだし、多少の奔放さには目を瞑ってやらねえ事もないが……」 「いきなり何をぶつぶつ言い出すんだ、君は」 「いや、王子云々関係ねえな。お前は昔っから、フリーダムだったもんな」 じとりと如何にも恨めしげに見ても、当の“王子”は何処吹く風で。よく磨かれた宝石のように翡翠の瞳を輝かせれば、ゆったりと細める。 仕草の一つ一つが、いちいち上品なのだ。おまけに野暮ったさは少しもなく、だからこそ憎たらしい。婉然とした佳弥の前では、あらゆる罵詈雑言はただ虚しいだけだろう。 「君はどうしたって卑屈だね。それこそ“暴君”の名が泣いてしまうぞ」 「それこそ余計な世話だよ。俺は俺だ。それ以上でも、それ以下でもない」 「また……君は難しい事を言うねえ。自分自身の価値なんて、容易に分かるものじゃなかろうに」 皮肉とはまた違う、佳弥は奇妙な笑みを寄越してきた。 「それとも、君は分かるのかい? 自己の所在という奴がさ」 「答えるまでもねえよ。……俺が“俺”と呼び認めるそれが、自分自身に他ならないんだ。他にややこしい証明が要るってか」 軽く鼻を鳴らして言いきれば、暴論だなあとぼやかれる。 「まあ、他ならぬ君がそう定義するなら、それはそれで真実なのだろう。どの道、私が口を挟む事ではないし」 幾分暖かみのある語りで短い対話を切り上げると、佳弥はゆっくりと踵を返した。『体が冷えてきたから紅茶でも飲む』、らしい。 「君も来るかい? 暴君殿」 悪戯めいた艶笑と共に視線を流してくる。 また新たに溜め息が漏れたが、珍しく気分がいい。 「……仕方ねえな。招待にあずかってやるよ、王子サマ」 そう応じる俺の顔も、満更じゃなかっただろう。 ああ、それは……いつの間にか陰鬱とした庭の片隅に、日溜まりが出来ていたせい、だな。きっと。 『 太陽に愛されたひと 』 (さあ、午後のティータイムと洒落込もう) ------ 同盟にて毛糸様が佳弥と冬馬の小説を書いて下さりました! 文章から発する独特の空気、光と影、日輪の描写から溢れる冬馬の最初と最後の心情の違いなど、一つ一つの表現が洗練されていてたまりません! 佳弥のエレガントさ加減にだからこそ王子と呼ばれる所以だなと実感していました。王子、暴君の呼びのタイミングが絶妙で興奮して鼓動が速くなります…! この度は書いて下さり有難うございます。 |