それにしても…と、栞がふと話を切り出した。 「2人とも、顔を合わせる度喧嘩してるよね。そんなに毎日喧嘩してて飽きない? ってか面倒臭くならない?」 「別に。俺は水渚の事が大嫌いだから喧嘩してる…ただそれだけだ」 「うん、僕も千朱ちゃんの事は大嫌いだしねー」 栞の問い掛けに、一切の迷いも無くきっぱりと理由を言い切る2人。 “大嫌い”──2人は顔を合わせる度、この単語を交わす。 だが、2人が口にする“大嫌い”の裏に何か別の感情が潜んでいる事…それに3人は何となく気が付いていた。 気付いてはいるもののそれが何なのか分からない純粋な水渚、そして今の関係を壊したくなくて、あえて自分の気持ちに蓋をしている千朱。 一方、そんな2人を傍から傍観する栞は、もどかしい事この上ない。 いっその事、さっさとくっついてしまえばいいのに…そんな事を内心思っていたりするのだが。 「…で、今日の喧嘩の原因は? 顔合わせたら、それだけ?」 何気なく喧嘩の原因を問い掛けた栞であるが、それに対する2人の反応は微妙なもので。 水渚自身、何故喧嘩になってしまったのかよく分からない、と言った様子で首を傾げ、千朱に至っては栞の言葉を聞くなり苦虫を噛み潰したような顔つき。 「僕もよく分からないんだけど…もしかしてアレかな?」 「……? アレって?」 「うん、さっき千朱ちゃんと何気ない話してたんだけど、その時にさ…」 水渚はそこで一旦言葉を切ると、一呼吸置いてから事の顛末を話し始めたのだった。 現在から多少時は遡り、水渚と千朱が何気ない会話を交わしていた時、ふと話題に上がったのはこの世界の空の事。 「この世界って、太陽が一瞬たりとも出ないんだよな。最初は驚いたが、今は別に慣れたけど」 「うん、そうだよ。だから太陽の光がどういうものか、知らないんだよね。まぁ、知識として聞いた事はあるけど。確か…」 ふと何気なく空を仰ぎ見る千朱につられるように、どんよりと淀んだ空を見上げる水渚。 何を思ったのか、見上げていた視線をふと千朱の方へとずらしてゆく。 「輝くような金色だって聞いたよ。多分、千朱ちゃんの髪の色みたいな、綺麗な色なんだろうね。だから、僕は太陽を見たいとは思わない。だって、それよりも綺麗な金色が、僕の傍にあるんだからね」 まるで魅入られたように、千朱の風に揺れる金色の髪と金色に揺れる双眸をじっと凝視する水渚。 そして、微笑む。それは嘘偽りの無い、心からの笑顔。 ──ドクン。 千朱の胸の奥で、何かが脈打つような感覚に襲われる。 怒りとは違う、もっと温かくて優しい感情。 今まで、自分の髪や瞳の色を指摘された時には燃え上がるような怒りや憎しみ、殺意しか芽生えなかったというのに…自分は一体どうしてしまったというのだろう。 誰しもが、自分の金色を蔑み、恐れ、毛嫌いしていた。 だからこそ、水渚の言葉が理解しきれていないのかもしれない。 誉められた事など無かったから、どう返せばいいのか…その言葉をどう受け止めればいいのか分からない。 そう、分からない。だからこそ、自分はあえてこの言葉を口にしよう。 これまで数えきれない程、彼女にぶつけてきた言葉。 「…フン、それがどうした。何と言おうが、俺はお前が嫌いなんだよ」 「あはは、奇遇だねー。僕も千朱ちゃんの事は大嫌いだもの」 お互いに交わした言葉が、喧嘩へと発展するのにさして時間はかからなかった。 そして、一度始まってしまえば誰かが仲裁しない限り決して終わりの無い戦い。 2人が建物を破壊しながらぶつかり合う中、騒ぎを聞き付けた栞が何とか割って入り…今に至る。 「……それが、喧嘩の原因なの…?」 「うん、そうだよ。だって僕は千朱ちゃんの事大嫌いだし、千朱ちゃんも僕の事大嫌いなんだからね」 事の顛末を話し終えると、あっけらかんとした口調でそう締め括る水渚。 話を聞き終えて、栞はがっくりと力が抜けていくのを感じた。 ──いや、そこは怒る所では無いだろう…。 誉められているのだからそこは普通に喜んでおけばいいのに、何故そこで怒るのか…理解に苦しむ。 栞はそんな事を心の中で呟きつつ、チラッと水渚と千朱の顔を交互に見遣った。 |