私は貴方が大嫌いで、貴方も私が大嫌い。 お互いにそう言い合う事で、保たれる関係。 けれど、嫌いの影に見え隠れする、自分でも表現しきれない不思議な気持ち。 その気持ちを認めてしまったら、今の関係が崩れてしまいそうで…。 だから、今もこの言葉を貴方にぶつける。 ──大嫌い、と。 見てるこっちがもどかしい ふと見上げた空はどんよりとした薄暗いもので、太陽の光など微塵も感じられない。 だが、この世界にとってはそれが当たり前。だから誰も気に留めない。 太陽の届かない世界、それが此処に住む者達にとっての常識なのだ。 此処は、罪人達が辿り着く場所。 一度入ってしまえば二度と出る事の叶わない、まるで蟻地獄のような世界であった。 それでも、罪人達はこの世界でそれなりに生きているようだ。 それは、栞も同じ事。彼は特に用があるでもなく、ふらふらと気ままに街を散歩している模様。 暫く自由気ままに街を練り歩いていた栞の耳に、不意に聞こえる物騒な物音。 それは微かなものだったけれど、決して空耳では無い筈。 しかも、この物音というのが曲者であった。 建物が崩れるような、何者かが争っているような荒々しい音。 「……? 今何か、変な音が聞こえたような…? ……! もしかして…」 初めは思い当たる節も無かったようで首を傾げていた栞であったが、何か争うような音だと気づいた瞬間、彼の脳裏に一つの仮説が思い浮かぶ。 それは、彼にとっては最悪の事態で出来れば起こって欲しくは無い事。 けれど、この目で確かめなければ。 そして、もし自分が想定している最悪の事態が起こっているならば…若しかしたら、自分が止めなければならないかもしれないから。 そう結論付けた時にはすでに、栞は音のする方へと駆け出していた。 ◆◇◆ 「……あーあ、やっぱりか…」 栞は、目の前に繰り広げられる光景に胃がキリキリと悲鳴を上げるのを感じた。 しかし、それも無理は無いだろう。 物音のする方へと向かってみれば、そこには自分が見知った2人の人物が、周りの建物を破壊しながら彼ら曰く喧嘩をしているのだから。 「あははっ、まさか千朱ちゃん、この程度で僕を殺せるなんて思ってないよね? ほら、本気でかかってきなよ」 「るせぇほざいてろ。お前こそとっとと死んどけッ!」 「え〜嫌だよー。僕だって流石に死にたくは無いからね」 2人の怒号──というより千朱の一方的な罵りと怒鳴り声なのだが──が響き合い、お互いの技がぶつかり合う。 はっきり言って、喧嘩では済まないくらいの激しい──最早、傍から見れば殺し合いとでも言った方が正しいか。 しかし、2人の表情はそんな中でも何処か楽しそうで、じゃれ合っているようにも見えて。 「全く…毎日毎日飽きないねぇ。けど、これ以上は流石に街がボロボロになるし何より住人にも迷惑がかかる…よねぇ」 別にどちらかが膝をつくまで傍観者を決め込んでいても悪くは無いのだが、もし決着がつけばそれはそれで不都合が生じる。 お互い、本気は出していないのだから負けた方が命を落とす、という事は万が一にも無いと思いつつ決着がつく前に自分が仲裁に入らなければ。 気は進まないが、仕方ない。 栞は小さく息を吐き出すと、2人の間に割って入った。 当然2人は彼の事などまるで気にも留めずに戦いを続けようとするも、栞とて只では引かない。 その後、何とか2人の喧嘩を止めさせる事に成功するも、2人の攻撃を受けたダメージを色濃くその身に刻み込む羽目となってしまった。 包帯だらけの栞の姿に、水渚は可笑しそうにクスクス笑みを零した。 「あははっ、栞ちゃん包帯だらけ。似合ってるよ包帯」 「…あのさぁ、誰のせいで俺がこんな包帯まみれになってるのか、分かってる?」 「えーっと…自業自得?」 「そんな訳ないだろ…。全く、2人の喧嘩を止めるのも命がけだよ」 まるで反省の色が無い水渚をジト目で見やりつつ、肺の奥に溜まった息を吐き出す栞。 何だか、日に日に生傷が増えていっているような気がする…そう思うと、再び胃が悲鳴を上げそうだ。 |