零の旋律 | ナノ
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 広い庭を埋め尽くす、色とりどりの花。可憐に咲き誇るそれ等はひっそりと、だがしっかりと存在感を主張している。

 温かみに溢れ、野山の花畑さながらに穏やかな空気が流れるこの場所。そこの数ある花壇の一つに、緑の絨毯に粉雪が舞うものがある。その白のふちで、長い金髪がふわりとそよ風になびく。と同時に、柔らかな甘い匂いもまた風に乗り、そっと鼻をくすぐった。


「良い匂い」


 花に顔を近付けながら、ふんわりと微笑む少女――カトレア。細められたエメラルドグリーンの目は、愛しそうにスノードロップを眺めている。そして、そっと花に指を絡ませながら、笑みを深めるのだった。

 カトレアの隣にしゃがむのは、双子の姉――リアトリス。彼女は妹をじっと見つめながら、にこにこと笑みを浮かべている。その顔は、この瞬間が最も大切な時間、という彼女の想いを物語っていた。


「カトレアは本当に花が好きだねー」
「うん。だって、可愛いから」


 花に向けていた笑みを崩すことなく、視線をリアトリスに向ける。愛らしい妹の姿にリアトリスは、「私は、そんなカトレアが一番可愛い!」と、彼女を抱き締めた。その仲睦まじい姉妹の様子は、見る者の心をほんわかと和ませる。

 だが、その空気を裂くように、砂を踏みしめる音が耳を突いた。


「リアトリス……お前は一体何しに来たんだ。邪魔しに来たのか?」


 恨めしそうな声を上げて現れた青年は、軍手をはめてスコップを持ち、服装もジーンズにTシャツというラフな格好。しかも、ところどころに土がこびり付いている。

 青年に名前を呼ばれたリアトリスは、カトレアを抱き締めたまま、顔だけを彼に向ける。そして「違いますー」と口を尖らせた。


「主にはともかく、私がカトレアの邪魔をするはずが無いじゃないですか。失礼な」
「そのカトレアも、俺とこの庭の手入れをしてたんだが?」
「カトレアは休憩がてら、私とお喋りしてたんですよ。主こそ、私の邪魔しないでください」


 一を言えば、倍になって返って来る。そんなリアトリスに対して、青年は深いため息を吐いた。

 だがそんな彼に、リアトリスは追い打ちを掛ける。


「主、そんなため息を吐いてると、老けますよ?」
「誰のせいだ、誰の!」


 そう声を荒げるも、当の彼女は「さあ?」と首を傾げ、何事も無かったかのようにカトレアの方に顔を戻す。そして、至福の表情で会話の続きを楽しんでいるのだ。青年がため息を吐きたくなるのも仕方が無い。


(ってか、何で当主の俺が率先して家事なんてしてんだよ……うっかり殺した俺も悪いけど)


 サラリと物騒なことを思うこの青年は、リアトリスとカトレアの雇い主であり、この庭の所有者でもある。貴族であると同時に、始末屋と名高いレインドフ家の当主――アーク・レインドフ。彼がアークその人なのだが、現在の庭師のような姿からは正直、全く想像が出来ない。

 その時。今までなすがままにされていたカトレアが、アークの方に顔を向ける。そして控えめに声を上げた。


「そういえば、主。向こうの花壇のハーブ、幾つか摘んでおいたから」
「ん? あぁ、そうか。後で厨房に置いといてくれ」
「分かった」


 頷くカトレアの傍には、籠いっぱいに詰まったハーブ。ローズマリーを中心に、様々な種類がある。これだけあれば、肉に魚に、いろいろと使い道がありそうだ。

 そこまで思考が至った、その瞬間。思わずアークは、頭を抱え込んでその場に蹲って唸り声を上げたい気持ちに駆られる。


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