カサネはよくシェーリオルの部屋を訪れる。 何でもシェーリオルの部屋が一番安全だから、らしい。そして今日もまた、 「何で俺が給仕なんかしてるんだろうな、カサネ?」 紅茶を注ぐ手を止めて、シェーリオルは目の前の相手に問うた。シェーリオルは曲がりなりにもこの国の王位継承者、つまりは王子な訳で本来なら給仕をして貰う方である。 だというのに目の前の“少年”はさも当然だと言わんばかりに用意された菓子をつまんでいるではないか。 香ばしく焼き上げられたクッキーに、ふわふわのマドレーヌ、色とりどりのマカロン。 全てこの部屋に常備している菓子で、我が物顔でシェーリオルの部屋に居座る少年こそ、影で“策士”と恐れられるカサネ・アザレア。 シェーリオルの弟にして第三位の王位継承権を持つエレテリカの臣下だ。 頭もきれる上に、少年の容貌をしていても実年齢はシェーリオルより上(と推測出来る)ととんでもない人物だ。 「いいだろ、別に。減るものじゃないし」 「だからって王子を顎で使うかよ、普通」 カサネは減るものじゃない、と言いつつ小腹が空いたから、とクッキーを手に取って口に運ぶ。 普段は誰に対しても敬語である彼だが、シェーリオルと二人きりの時ばかりは砕けた口調になる。恐らくはこちらが彼の素なのだろう。 それを少しばかり見せているということは、カサネにとってシェーリオルは僅かなりしも信頼する相手になっているのか。 勿論、エレテリカを除いた、だろうが。 「俺が言った訳じゃない。シオルが勝手にしてるだけだ」 「はいはい。ではどうぞ」 シェーリオルはぞんざいに返事をして、カサネの前にカップを置く。 そしてもう一つ、空のティーカップに自分の分の紅茶を注ぎ、どっかりと椅子に腰かけた。 元より自分のことは自分でするシェーリオルである。必要以上の使用人なんていらないし、邪魔なだけだ。 テーブルに肘をつき、菓子を食べるカサネを無言で見据える。 「……また無茶をしたんだな」 「何のことだよ」 ぽつりと呟くシェーリオルを怪訝そうな顔で見つめるカサネ。これで気づかれないと思っているのなら、シェーリオルも随分甘く見られたものだ。 普段のカサネなら絶対にしない失態。シェーリオルがそれに気づけたのは、普段から彼と接しているから。 シェーリオルは立ち上がると、カサネの左腕を掴み、有無を言わさず袖を捲り上げた。 すると、服の下から現れたのは包帯が巻かれた腕。 「……少し油断しただけだ。それに大した傷じゃない」 応急処置は施されている。しかし白かった包帯は血に染まり、赤黒く変色していた。変色具合から推測するに怪我を負ってから、結構な時間が経過しているようだ。 これを大した怪我ではないというのなら、カサネの怪我の基準はどうなっているのだろう。 「……俺はさぁ治癒術師じゃないから応急処置程度しか出来ないぞ、って前に言ったはずだよな」 言いながらシェーリオルは包帯をほどき、治癒術を発動させた。髪飾りにしている赤い魔石が光っているのは魔導を行使している証拠。 魔導師であるシェーリオルも治癒術を扱えるが、治癒よりも結界術や攻撃の方が得意だし、本職である治癒術師には敵わない。 「……聞いたよ。でも深く詮索するつもりはないんだろ。なら黙って治せ」 「はいはい、分かりましたよ」 応急処置程度にしかならないが傷口を塞ぎ、新しい包帯を巻き付ける。後は化膿止めでも服用すればどうにかなるだろう。それと傷口の消毒か。 余程のことがなければ傷口が開くこともないはずだ。 「……ありがと」 「大丈夫なのかよ。……ったく。礼言うくらいなら最初から言えば良かったじゃないか」 責めるつもりはないが、どうしてもそんな声音になってしまう。カサネが何か言葉を発する前にシェーリオルは彼の髪を乱暴にかき回した。 するとカサネは驚き、弾かれたようにシェーリオルを見上げる。 非常に嫌そうな顔をしてるのはシェーリオルの気のせいではないだろう。 「何する……!」 「休んでけよ。エレが心配するぞ」 エレ――主であるエレテリカの名前を出すと、カサネは途端に大人しくなった。 色々と不満はあるようだが、エレテリカに心配を掛けたくないからに違いない。 「……分かったよ。そうする」 ばつが悪そうな顔で頷くカサネを見て、シェーリオルは彼に気付かれないよう小さく笑った。エレテリカの名はカサネを動かす万能の言葉らしい。 End ------ 同盟にて灯里様にカサネ(素の状態)とシェーリオルの小説を書いていただけました! 私得+素敵シュチュ!と拝読した瞬間に心の中で叫んでました。 カサネが怪我をするのが美味しいです…!面倒見のいいシオルに、何処か信頼しているカサネ、二人の放つ空気がたまりません。 カサネを動かすのに最適な言葉はエレですね…!後半の大人しくなったカサネがまた可愛らしいです…!! この度は小説を書いて下さり有難うございます。 |