零の旋律 | ナノ
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「……アンタは……自分の為に人を殺す訳じゃねぇんだな」

「貴方には関係ないことでしょう?」

 横たわる男の死体を蹴りつけるカサネの表情は変わらない。きっと祐未も同じ状況なら表情を変えないけれど、違うのだ。祐未とこの男とでは、決定的に違う。それが良いのか悪いのか、祐未にはわからないけれど、ただ酷く気分が悪くて、眉をひそめる祐未の背後から突然、声がかかる。
 
「……こんなところにいたのか。探したぞ」

 声の主は、嫌味な上司。テオ・マクニールだった。彼は髪を掻き上げながら祐未に近寄り、カサネとその横に倒れる死体を認め、息を吐いた。祐未が部屋を出た時は寝こけていたはずのテオが、なぜこんなところにいるのだろう。先ほどの言葉から察するに、祐未がいなくなった事に気付いて探していたらしいが。
 
「……よく気付いたな」

 寝てたくせに。そう言うと、テオは眉ひとつ動かさずに


「寒かったからな」

 と言ってのけた。彼の目に死体は入っていないようだ。短く言葉を吐き出した後、彼はやっと死体を見て、ため息をつく。そして、死体の横にいるカサネを、睨み付けた。
 
「……これで明日の実験が中止にでもなられたら迷惑だ。早く片づけろ」

 上辺だけの敬語さえ取り繕わず、完全な命令口調で吐き捨てる。カサネはテオの態度が気に入らなかったのか――誰だってこの男の態度が気に入る筈がない――眉をひそめた。
 
「言われなくてもそういますけどね、それが人にものを頼む態度ですか?」

 当然の反応だと祐未は思った。誰だってこの男の態度を見れば、そう言ってやりたくなる。

「人を殺すだけで世界が変わると思っているバカを敬えと? 無理な相談だな」

 ピクリとカサネの肩が跳ね上がった。それでも表情を変えないテオを祐未が咎めるように見つめたけれど、彼は大して気にしていないようだ。
 
「そいつは、最近力をつけてきた第三王子の暗殺を企んでいたらしいじゃないか。そいつを殺しても別の人間が第三王子を殺そうとするぞ?」

「――そうしたら、また殺すまでですよ」

 カサネの言葉に、テオが声をあげて笑った。祐未は眉をひそめる。誰にでもケンカを売りたがるのはテオの悪い癖だ。『そういうお年頃』というやつだろう。
 
「わかってないな……人に幻想を抱きすぎだ。変わると思ってるのか? 何千、何百年の流れの中で変わらなかった事が、たかだか百人、千人殺したところで、一時的にでも変化すると?」

 クスクスクスクスという笑い声が、ゲラゲラゲラゲラという品のないものに変わっていく。しまいにテオは、深夜だという事も関係なく大声で笑いながら朗々と語り始めた。これもこの男の悪い癖だ。モノをすべて穿って見たがる。ナナメに構えたいお年頃。人の行動を否定したいオトシゴロ。いくつになって反抗期を続けているんだか。夢も希望もなく絶望的な解釈で世界を見る自分がカッコイイと思ってるんだろう。本当は、夢と希望を語るのが恥ずかしいだけの癖に。

「国を護るつもりなら、最大の敵は【民衆】だ。この世で最も愚かな生き物は、【集団になった人間】だ。集団心理の働いた人間は、個人で動く時よりも遙かに愚かな選択をしやすくなる。国の滅亡に関わるのはいつも【集団になった人間】だ。どれだけ誰かのために国を変えようと、王が国の為に尽力しようと、【集団になった人間】……つまり【民衆】の動きが国の滅亡へ向かえば誰にもそれは止められない。そして、【集団になった人間】には、なんの理由もなく【国の滅亡】を招き入れるだけの【愚かさ】が確実に備わっている。人間は、集団になった途端に考えなくなる。ただ先頭の人間についていくだけの愚かな生物に成り下がる。先頭の一匹が【滅亡】へ走って行けば、後の集団も確実に【滅亡】に走って行く……そして、その【先頭の一匹】は、たとえ候補者をどれだけ潰そうとも、無作為に現れては愚かな選択に走って行く。なぜなら、集団の先頭に立つのに、特別な知識や肩書きなど必要ない……ただ、偶然先頭にいる人間が、【最初】になるだけだからだ……どの世界の歴史でも、【集団になった人間】の愚かさは立証済……人間は、人間である限り、この愚かなサイクルを止められない。簡単な掃除で世界が綺麗になると思っている時点で、あんたはお人好しの大馬鹿野郎だ」

 耳を塞いでしまいたくなるような絶望的な会見だった。絶望をつきつけられるのが辛いのではなくて、その【絶望的な会見を生き生きと語る男の姿】が酷く恥ずかしい。悲観主義に酔った人間の語りは、平然と此の世を生きている人間にとってとても【恥ずかしい】ものだ。自我を形成する過程で絶望に酷く引かれる期間はあれど、そこを過ぎてしまえばあとは背伸びしていた自分を思い出して顔を赤くする材料にしかならない。この男はまだそれを理解していない。まだ絶望に強く惹かれていて、世界をナナメから見てすべて否定するのが、自分が成長している証だと、他人より優れた自分を証明する術だと、勘違いしているのだ。
 
「夜中の廊下で随分熱い議論を交わしてるな」

 俯いた祐未の向かい側から歩いてきたのは、金髪の第二王子――シェーリオルだった。彼はなにを考えているかわからない笑顔でゆるゆるとこちらに近づいてくる。少なくともカサネ・アザレヤよりは安全な男だと、祐未の本能が告げていた。
 
「どっちも明日予定があるんだろう。こんな所で油売ってないで早く寝たらどうだ?」

 死体など見えていない様子で、彼は言った。気にしない質なのだろう。随分と食えない性格ではある。テオは少しだけシェーリオルの様子を伺うと、表情をまったく動かさずに口だけで
 
「……そうしましょうかね」

 と小さく返事をした。祐未の腕を掴み、踵を返したテオにカサネが言う。
 
「世界を綺麗にしようなんて思っていませんよ。私は王子の為に動いているだけだ」

「それが【王子の為になる】と思ってる時点で、あんたはお人好しだと言ってるんだ」

 ああ、同類か。
 
 そう思った瞬間、祐未の心が急激に冷えていく。きっとシェーリオルという王子もテオやカサネと同類だ。人の命は道具でしかない。なにかに執着する。そうでなければ、なににも執着しない【フリ】をする。自分の心を守る為に。余裕がなくても余裕があるように見せつける。それはある程度までなら美しいけれど、度が過ぎればただの醜態。祐未は素直じゃない人間が一番嫌いだ。だから、すっと冷えた心に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した。
 
「……バカか、あんたら」

 テオが祐未を睨んだ。こいつはこういう時いつもそうだ。自分の心が見透かされるとわかった瞬間、相手を威嚇し始める。そんなことをしたら余計惨めなだけなのに。
 
「てめぇらが見下して、駒としかみてねぇ連中はな、てめぇらよりもっと必死に、もっとしっかり人生生きてるぜ?」

 それがわからない筈ないだろう。わからないなら、あんたらはあたしより大馬鹿だ。
 
「あんまり命ナメんじゃねぇぞ。てめぇらに殺されたってな、人だって獣だって虫だってテメェらにゃ負けねぇよ」

 ためしに中指を立ててみた。するとテオが顔をしかめた。口をへの時に曲げて三人を睨み付けると、カサネが眉をひそめた。シェーリオルは苦笑した。
 
「イキモノってのはなぁ、殺されるかもしれねぇが、負けるようにはできてねぇんだ」

 負けることは諦めることだ。最後までなにかを【諦め】なければ、殺されたって負けることはない。こいつらはそれがわかっていない。彼らが愚かだと、生きる価値がないと、ゴミだとクズだと思っている連中に意地があって、執念があって、それに足下をすくわれる可能性もあるのだという【根本的な事】を、何一つわかっていない。愚かで無価値でクズなゴミの執念が、崇高でクソッタレな意志の障害になる、その可能性の高さを――彼らはなにひとつ、理解していないのだ。
 
 だって、彼らにとって必死に生きるその他大勢なんて、無価値なものだから。
 
「それがわかんねぇなら、テメェらはバカでアホでクズなゴミより、よっぽどバカでアホでクズでゴミだ、クソッタレのハナタレ小僧ども」

――そう思っているうちは、どんなに年をとろうとどんなに頭がよかろうと、ケツの青いヒヨッコだ。

 人は死ぬ。殺される。こいつらから見たらバカな事だって、大まじめにやってしまう。下らない事に気を取られる。その上、自分の事で手一杯で、悪事だって平気で働く。祐未だって、生きる為なら人を殺す。それが人間だ。それが生き物だ。そんな生き物は愚かで無価値でクズなゴミだと言う奴らも、確かにいるだろう。それなら心優しい誰かの為にそいつらを始末して素晴らしい世界を造るべきかもしれない。それは、間違ってないかも知れない。

 But a man is not made for defeat.
 
 すくなくとも――祐未は、そう思う。そしてそれは、きっと彼らにとって愚かで無価値でクズなゴミである彼女の、真実だった。



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相互記念に都神ナナエ様よりFragmentからカサネとシェーリオル、そして都神ナナエ様宅テオさんと祐未さんのコラボ小説を頂けました。
ボリューム満点読み応え抜群の内容に、終わりに近づくにつれ続き読みたい!だが読み終わるのが勿体ない!という葛藤をしていました。
もう拝読する前からニヤニヤがとまりませんでした。
祐未さんの最後に啖呵切った感じが素敵だったり、カサネとテオさんのやりとりや、シェーリオルの飄々さ具合どれをとっても素敵で御馳走様です……!!

この度は素敵な相互記念有難うございます。


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