零の旋律 | ナノ
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「魔石の耐久実験には第二王子が協力してくれるそうだ。ありがたいことだよ」

 革張りのソファにドサリと身体を落としながら、テオは言う。ベッドに寝そべっている暴力沙汰専用の部下、祐未が首だけをすこし動かして彼を見た。
 
「あたしはなにすりゃいいんだ?」

「魔法展開前、展開中、展開後それぞれの魔石に対する攻撃行為」

「展開中って……直樹がこの前見てたアニメ、魔法使ってる最中に攻撃した奴がふっとばされてたけど」

「それも可能性のうちだな。それぞれの状況でどんな状態になるのか、そしてその際の周囲の状況や影響を調べるのが目的だ。だが、現実と空想の区別はつけたほうがいいぞ」

 テオがクスクス笑いながら言うと、祐未は不機嫌そうに口を尖らせた。
 
「あたしがケガしたらどうすんだよ……」

「治療はしてやる」 
 
 東洋人特有のきめ細かい肌は、栄養・健康管理を完璧に行っている為か、陶器のようにつやつやとしている。毛先にすこしクセのある髪や、眼鏡のレンズに覆われた目とまつげは烏が濡れたような黒色で、光を浴びて浮かび上がるエンジェルリングと目の光は夜空に浮かぶ星にも見える。白いシーツの上に投げ出された手と足は驚くほど細く、けれど折れてしまいそうな弱々しさはない。なだらかな曲線を描く肢体は、スポーツを長年続けて、無駄な肉が完全にそぎ落とされた、マラソンか水泳の選手といった感じだ。無感動に自分の肢体を見つめるテオに何を思ったのか、祐未はますます不機嫌そうに顔を歪める。
 
「だいたいさー、いろんな世界にいくたび宝石とか機械とか持ってきていいのかよ? すげぇ金かかるんじゃねぇ?」

「ふっ……ばぁーか」

「はぁ!?」

ベッドに寝転がっていた祐未が、声を荒げて上半身を起こした。テオはクスクスと声をあげて笑いながら腰に目を映す。上半身と下半身の連結部分にあたるそこは、ひどく美しい三日月型の弧を描いていた。

「あの宝石……ルビーやサファイア、オパールはすべて合成宝石だ。本来我々の世界では熱水法で精製された石のみが飾り石に使用されるが、これは手間とコストがかかりすぎるんでね。安価な火炎溶解法や樹脂による固定法でつくられた石を使用している……こちらは現在宝石的価値が認められていないが、物質的特質は同じだからこの世界では宝石といって問題ない」

「……どうかと思うぜ、そういうの」

 祐未が喋るのと同時に、鍛えられて引き締まった胸元が上下した。四つ葉のクローバーがモチーフになったペンダントが、胸の隆起上に乗っている。黒いタンクトップとジーンズのみを身に着けているせいで、ペンダントトップのすぐ横に淡い色のレースが見えた。肩のブラストラップもむき出しになっている。テオがゆるやかに首を動かすと、突然その顔面に枕が飛んできた。
 
「どこ見てんだよ」

「……べつに?」

 ボトリと音をたてて、枕が床に落ちた。テオが白い布の塊を拾い上げて投げ返すと、祐未は片手でなんなくそれを受け止める。彼女がその布を再び抱え込むのを確認してから、テオは笑って言った。
 
「慎みがないぞ。王宮にいるんだから、礼を欠かないようにしろ」

「鼻の下のばしてそんな事考えてたんかてめぇ」

「お前はどんな事を考えていると思ったんだ?」

 テオがクスクス笑いながら尋ねると、横から死ね、と低い声が聞こえてきた。それを聞いてテオは、また声をあげて笑う。
 
「お前、この世界の人間の前でそういう粗暴な言葉使いは極力使うなよ? まだ反感を買うわけにはいかないんだ」

「は? いままでそんなこといわなかったじゃねぇか」

 テオの指摘に納得いかないらしい祐未が、足をベッドに叩きつけるようにしてバスバスと音を立てる。

「レジスが社会心理学における絶対君主制から共和制、あるいは立憲君主制への移行を観察したいというから、今モデルケースを探しているところだ。ここはモデルケースの候補に挙がっている。あるいは長い付き合いになるかもな」

「ようするにモルモット候補ってだけじゃねぇか……人でなし」

 祐未が眉をひそめたまま吐き捨てると、テオは殊更嬉しそうに、声をあげて笑った。


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