零の旋律 | ナノ
灯里様から「貴方が望むなら」



貴方のためならば世界だって敵に回してみせましょう。貴方に仇なす全てが私の敵。
どんな願いだって叶えてみせる。それが例え私の自己満足、妄執だとしても。

後世が貴方を独裁者と呼ぶのなら、それは私が背負うべきもの。貴方だけは何物にも侵されることがないように。
どれだけこの手を血で染めても、どれほどの人間から恨まれようと、構わない。私の王は貴方ただ一人なのだから。




この男の存在を許すわけにはいかなかった。恐怖で顔が引きつり、地べたを這いずり回る虫けらの足を踏みつけ、袖口から取り出したナイフを手の甲に突き立てる。
ぎゃあ、と耳障りな悲鳴が上がったが気にしない。赤い飛沫がカサネの頬を鮮やかに染め上げた。

「もうおしまいですか? 貴方にはもっと苦しんでもらわないと困ります。何せ貴方は私の主――エレテリカの命を狙ったのですから」

くつくつと喉を鳴らしながら笑う少年は冷え切った眼差しを男に向ける。おおよそ人に向ける視線ではない。同じ人間ではなく、まるで虫けらを見ているような冷ややかな瞳だった。
実際、カサネには男が虫どころか道端の石程度にしか見えていないのだが。

全てこの男がいけないのだ。貴族でありながらカサネの主であり、第三王子であるエレテリカの命を狙ったのだ。
貴族の中でもエレテリカが王位にもっとも近いことを疎む者もいる。その多くは行動を起こすまでは至らない。しかし

「ああ。助けなら来ませんよ。私が殺しましたから」

恐怖に身を竦ませ、意味のない言葉の羅列を叫ぶ男にもカサネはただ笑っているだけだ。
思い出したように、だがわざとらしく紡がれた一言に男の抵抗が止む。無駄だと諦めたのか、あるいは落ちたか。しかし、顔を上げた男は笑っていた。さも可笑しげに。

「気でも狂いましたか」

「さっさと殺せばいい! この策士めが! 私は先に行って待っているとしよう!! 地獄の底でな! せいぜい……」

手の甲は未だ床に縫いとめられたまま。激痛で叫ぶことも出来ないはずなのに、男は笑う。さもカサネが滑稽だと言う様に。
だが彼の言葉は最後まで続かなかった。カサネが男の喉を掻き切ったから。勢いよく血が噴出し、辺り一面を血の海に変える。

カサネが得意なのは毒殺であって、白兵戦ではない。だがこの男だけは毒ではなく、この手で殺さなければ気が済まなかった。
カサネはナイフを軽く振って血を払うと、手の甲に刺さっていたナイフも抜き取って鞘に納める。身を翻し去ろうするが、策士と恐れられる少年は振り返り、既に事切れた男に向かって吐き捨てる。

「残念ながら私はまだ地獄に行く訳には行きません。私にはまだやるべきことがあるのですから。それでも王子が望むなら地獄へだって堕ちましょう」















「カサネ、また殺したのか?」

優しげな容貌を悲しげに歪ませて王子は問う。また殺したのか、と。だが王子に仕える策士はさあ、どうでしょう、と笑ってはぐらかすだけだった。この優しい王子は知らなくていい。知る必要もないことだ。分かっている。カサネも、そしてエレテリカも既に狂っているのだろう。
それでも離れることなど出来はしない。

「貴方が案じることなど何一つありませんよ。貴方の望みは私が叶えて差し上げます。誰にも邪魔はさせません」

彼こそがカサネの王。彼以外の王など考えられない。
カサネは蕩けるような笑みを浮かべると、驚くエレテリカの手を取って、手の甲に口付けた。それはカサネなりの忠誠の誓い。

貴方のためならどんな悪にだってなりましょう。世界の全てが敵となっても私だけは貴方の味方でいます。私が跪き、頭を垂れるのは貴方一人だけ。
王子、私の唯一人の王よ。



End

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灯里様から同盟にてカサネとエレテリカの小説を書いて頂けました!

カサネの心情から入って心情で終わる終わり方に感嘆です…!
カサネの何処か淡々としながら、心の中で蠢く怒りや、カサネの言動の一つ一つの描写がとても丁寧で、心情が伝わってきます…!血みどろな内容もまた素敵で。
カサネとエレテリカのやりとりも凄く素敵です…!!

この度は小説を書いて下さり有難うございます。


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