奈月の目の前で、パタパタと真っ赤な血が地面に落ちる。自分が振りかぶったナイフは人の腕に深々と刺さっており、傷口からまた血があふれ出す。 「祐未、遅かったな」 銀髪の男が淡々と言った。黒縁眼鏡をかけた少女が、答える。 「うるせぇ、来てやっただけでもありがてぇと思え」 軽口を叩く少女の腕には、奈月がふりかぶったナイフが突き刺さっていた。男を庇うように、奈月と男の間に割ってはいった、祐未と呼ばれる少女は、冬馬と李真がひきつけている筈の、もう一人の敵。 「あと、テオ。お前がぬいぐるみとか持ってるとキモイ」 腕の痛みなどまったく感じさせない様子で吐き捨てると、彼女は自分の腕に刺さったナイフに手をかけた。ズズッ……という音と共にナイフが引き抜かれ、地面に落とされると同時に大量の血がぶちまけられる。テオと呼ばれた男は、彼女の行為を咎めることもせずに言われた言葉に反応した。 「ああ……普通の人形がないようなんで気になったんだが」 ぐっ、と男の腕に力が入る。それを見て、奈月の頭に血が上った。 「亜月をかえせっ!」 ナイフはない。銃はきっと、取り出す前に反撃される。だから奈月は咄嗟に、自分が得意な展開術式を使用した。詠唱は不要だし、すぐに発動できる。自分の意志に反応して無数の文字と魔方陣が浮かび上がり、微かに発光する。 「はっ?」 祐未が間抜けな声を出した。テオの、炎のようにギラギラした目が妖しく光り――奈月の一番近くにいた、祐未の身体が突然吹き飛ばされる。 「ぁうっ!」 地面に叩きつけられた祐未が衝撃で声をあげ、障害物がなくなった奈月は亜月を取り返すためテオに飛びかかった。が。 「ほら」 奈月が攻撃を加える前に、亜月が投げてよこされる。咄嗟にそれを受け止めた奈月は、そのままぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて蹲った。 「祐未、目的は達成した」 「そう、かよ……」 吹き飛ばされた衝撃がまだ答えてるのだろう。祐未は苦しげに呻いてから、その場にばったりと倒れ込んだ。腕から血を垂れ流して地面に倒れる少女を無視し、テオがスタスタと放置されたパソコンに歩み寄る。すこし画面を弄った後満足そうに笑った彼は、時計を確認して呟いた。 「模擬戦のほうも、時間切れだな」 ピーッ、と教師の鳴らすホイッスルの音が響く。決着がつかないまま、模擬戦の時間が終了した合図だった。 |