零の旋律 | ナノ
灯里様から「望み、求めるものは」



戦うのは好きだ。血沸き、肉踊るというのはこういうことを言うのだろう。目の前で繰り広げられるのは殺戮の宴。青年の腕が跳ねる度、咲いた真っ赤な血の花が床に血溜りを作る。
濃厚な血の匂い、刃が肌を貫く瞬間、全てが青年の心を躍らせた。

青年にとって自分が生きている、と感じるのは立ち塞がるものを壊し、鮮血をぶちまける瞬間だけ。青年にとって普段の生活よりずっと鮮明に映る景色。
戦いの中での高揚感、感じる痛み、断末魔。その全てが『生』を実感させた。彼にとって戦うことこそが悦び、そして真理。

口元には自然と笑みが浮かぶ。正に血の海、と言うに相応しい場に佇んでいるのは一人の青年だった。年の頃は二十代前半だろう。
肩につくほどの黒髪、紫かかった黒瞳と整った顔立ちから、一見すれば穏やかそうな青年である。どこか気だるげな雰囲気といい、あまりにこの殺戮が行われた場所には場違いだ。

しかし彼――アークの口元に浮かぶのは間違いなく笑みだった。嘲るような、馬鹿にするような笑みでもない。
子供のように無邪気な、楽しげな笑みだった。だが、

「つまらないな」

そう、直ぐに壊れてしまう。だから面白くない。武器代わりにしていた銀のナイフを放り投げ、血塗れになった床に寝転がる。
その隣やそばにはもはや物言わぬ骸となった、かつて人であったものが転がっているが、彼は全く気にしない。

だがそれよりも驚くべきことは、今寝転がった時についたもの以外、アークの服には一切の返り血がついていなかった。

黒い服を着ているために分かりづらいが、一滴の血も、である。人を殺す際、返り血を浴びるのはあまり上手い殺し方とは言えない。
人体の仕組みや血の流れをちゃんと理解していれば、無様に返り血を浴びることなどないのだ。

だがそれも始末屋レンドルフ家の当主であるアークには難しいことではない。物心ついた時から武器を握り、ありとあらゆる人体の急所を教わったアークには。このくらい、造作もないことだ。
特定の獲物を持たず、その場にあるものを武器として使うのも必要ないから、である。本当の始末屋は武器など選ばない。

そろそろあの腹黒サディスト執事が来る頃だろう。……多分。何分自信がないが。それはそうである。あの執事とくればアークの命は二割方聞けばいい方なのだ。
目覚めて捕まってました、では洒落にもならない。しかしながら、三日三晩飲まず食わず、おまけに寝てもいなかったため、既に体は限界だった。

仕事中毒であることは自覚しているが、治す気もないので意味が無い。血の海に身を投げ出したまま、顎に手を当てて思案するようにアークは呟く。

「……俺の執事は助けに来てくれるのだろうか」

勿論、彼の言葉に答える者はいない。そこでアークの意識は深い闇に沈んだ。









恐らく『そこ』は白かったのだろう。彼がこの場にいた者を殺し尽くすまでは。かつて白かったであろう屋敷を歩くのは美しい青年だった。
年齢は恐らくは二十代前半ほど。一つに纏められた長い髪は、陽光を受けて銀糸のように煌く。光の加減によって如何様にも色を変えそれはまるで光のヴェールのよう。
長い睫毛に縁取られた瞳は紅玉を思わせる真紅。血を零したような赤は人を惑わす魔性の色だ。

白いロングコートに銀の髪と真紅の瞳に麗しい容貌はこの世のものではないかのよう。絵画の中から抜け出ていたような儚さ、美しさを兼ね備えている。
しかしながら青年が浮かべるのは柔らかな笑みではない。どこかふてぶてしく、呆れたようなものだった。

こつん、こつんと靴音だけが響く。静寂に満たされた空間に生ある者の姿はなかった。
青年――ヒースと血溜りに寝転がり、寝息をたてる彼の主を除けば。

「本当に死なれるのだけは勘弁ですからね。何といっても給料がいただけなくなってしまいますから」

どこまでも淡々とした、抑揚のない声音だった。彼にとって主など給料さえもらえればどうでもいい、そんな言い方である。
実際、こんな楽な仕事で高額の報酬を貰えるのだからそれをなくすのは惜しい。

「それにしても、これはもう一種の特技といっていいようですね。図太いと呆れるところなのか……。まあ、私にはどうでもいいことですが」

ヒースはコートが汚れるのも構わず血の海にしゃがみ込み、寝息を立てる主を呆れたように見据える。いくら三日三晩不眠不休で食事も取っていなかったとは言え、わざわざこんな場所を選んで倒れることはないだろう。
アークを屋敷まで運ぶのはヒースの役目なのだから。

だが自由奔放な彼が自分のことを考えるとは到底思えない。ヒースは無言でアークの頬を両手で挟み、彼の寝顔を見つめる。
――出会いは最悪。そうとしか言いようがない。生かすも殺すも彼の自由。それも気に入らなかった。

何が俺の執事やらないか、だ。出来る事なら気持ち良さそうに眠る主の顔に一発叩き込んでやりたい気分である。
しかしながら、ヒースは無駄な努力はしない主義だ。

「……まあ、いいですよ。貴方といると退屈だけはしなさそうですから」

呆れたようにため息をつき、ほんの少しだけ表情を和らげる。勿論、そんなことはこの主には絶対に言ってはやらないが。
だが次の瞬間、彼の笑みが企むような、不敵なものとなる。給料の値上がりを要求しましょうか、とのヒースの呟きは眠る主の耳には届かなかった。



End


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同盟にて灯里様にFragmentのアークとヒースリアを書いていただけました…!

一つ一つの選び抜かれた言葉、状況描写に拝読しているとイメージが自然と頭の中に浮かんできて、自然と口元がにやけます…!
シリアスな雰囲気場面の素敵さに何度も繰り返し拝読していました!
アークの行動やヒースリアの行動がそれぞれまさしく二人で、もう悶えてました^^

この度は書いて下さり有難うございます。


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