目的のアパートの部屋の前に着いた栞は、インターフォンを鳴らすこともノックをすることもなくドアノブに手を伸ばした。すんなりと開いたドアから部屋の主が在宅であることを知ると、遠慮することなく上がり込む。 玄関を入ってすぐの狭いキッチンを通り過ぎ、奥の部屋に入った栞は、そこにいた人物に苦笑した。 「水渚、やっぱりここにいたんだ」 「あ、栞ちゃん。いらっしゃい」 ベッドに背を預ける形で座り、パラパラと雑誌をめくっていた水渚が栞の声に顔を上げた。笑顔で迎え入れる。 「マンションの方に行ったらいなかったから、絶対こっちだと思ったよ。……千朱ちゃんは?」 そう言ってテーブルを挟んで水渚の向かいに座った栞は、部屋の主の姿が見えないことに気付いて首を傾げた。雑誌を置いた水渚が栞の背後を指差す。同時に聞こえた流水音。 「お、誰かと思ったら栞ちゃんか」 「お邪魔してるよ」 トイレから出てきた千朱にひらりと手を振ってから、栞はわざとらしく溜め息をついた。 「まったく、ちゃん付けするなって何度言えば分かるのかな」 「お互い様だろ。で、何か用か?」 「ああ、そうそう」 忘れるところだったと呟いて、栞は持っていた鞄からビニール袋を取り出した。 「学校の近くに美味しいパン屋が出来てね。お裾分け」 「へえ。どれどれ」 「ちょっと千朱ちゃん、頭邪魔」 「お前のが邪魔だ」 袋の中を覗き込んだ千朱とそれを押しのけて顔を出した水渚の間で軽く口論が始まる。下手に放置すると大事になる事が分かっていた栞は、仕方なく間に入って止めた。 これではどちらが年上か分かったもんじゃないと溜め息をつきながら、買ってきたパンを広げた。 クロワッサンやメロンパンなど、どれもよくある物だが店主のこだわりもあって味は抜群だ。渋々喧嘩をやめた二人も、それぞれ手に取ったパンを口にして顔を綻ばせる。 「そういえば、今日は学校終わるの早かったね」 ふと水渚が首を傾げて栞に問いかけた。 今の時刻は二時を少し回ったところ。普段ならまだ午後の授業が行われている頃だ。 |