「どこかに…」 歩き始めた俺の背中から、パンの妖精のどこかわざとらしい声が聞こえた。 「魔物をやっつけてくれる腕の立つ人はいないだろうか…」 それはおそらく…いや確実に俺に向かって放たれた言葉だったと思う。 あたりには、俺の他には誰もいなかったんだから。 それでも俺は知らん顔をして歩き続けた。 俺には厄介なことに関わってる暇はない。 そんなことよりも、一刻も早く、俺はこのおかしな状態を解決しなくてはならない。 このおかしな世界から戻らなくてはならないのだ。 「……やっつけてくれたら、パンの木の種をあげるのになぁ…」 パン屋の一際大きな声に、俺の足はぴたりと停まる。 そして、俺の本能は、右足を軸にしてくるりと回れ右をした。 「おい、今、パンの木の種をどうとか言ったな?」 「はい。 魔物を倒し、家から追い出してくれる方がいらっしゃったら、毎日パンが実るこのパンの木の種をお礼に差しあげようと思いまして…」 「……パンの木は育てやすいのか?」 「え……は、はい。 魔法の力の宿った木ですから、植えさえすればあとはほったらかしにしておいても、毎日美味しいパンの実をつけてくれます。 ただ……」 「ただ…?」 「あまりにおいしいので、みつかるとそれを勝手に採って食べる者がるかもしれませんが…」 パンの妖精は意味ありげに俺をみつめ、含み笑いを浮かべた。 「……そ、それで、その種は何種類やるつもりなんだ?」 「そうですね… とても貴重な種ですから三種類…」 「……五種類だ…」 「……わかりました。」 話はまとまった。 俺はパンの妖精の家に住みついた魔物を倒し、パンの種を五種類もらう。 魔物がどんな奴なのかということよりも、どのパンの種をもらうかということが俺の頭の中を埋め尽くしていた。 (食事用のパンはもちろんもらうとして、後はどういうものにするかだな。 たまには甘い物も食べたくなる。 だが、菓子パンの種類は多い…その中からどれを選べば良いというのか…) 「ここです。」 パンの妖精の声で、俺ははっと我に返った。 パンの妖精の家は、パンの木の森からすぐ近くにあった。 (……パ…パンだ!) その家は、壁も屋根も扉も、そのすべてがパンで作られていた。 俺は、それらをかじってみたい衝動をぐっと堪える。 |