どう考えてもその身体を持ち上げることが出来そうには思えない透明の華奢な羽をぱたぱたと忙しなく羽ばたかせながら、そいつは俺の前にふんわりと舞い降りた。 「お、おまえは、パン屋の親父! なんだって、そんな姿に…」 しかし、そいつは哀しそうな瞳をして、ゆっくりと首を振った。 「私はパン屋の親父などではありません。 私はパンの妖精です。」 ……これはやっぱりなんらかの術だ。 あいつは、いつも俺がパンを買いに行くパン屋の親父に間違いない。 なのに、羽があって、空を飛んで、本人までもが自分のことを妖精だなんてぬかしやがる。 まともじゃない。 どう考えてもまともじゃない! だが、そんなことを今問いただした所で、なんがどうなるとも思えない。 今、大切なのはこいつがなぜここに現れたかということだ。 (聞いてやろうじゃないか。) 「それで……どうかしたのか? 俺が勝手にここのパンを食べたことを怒ってるのか?」 パンの妖精は、再び首を振った。 「そんなことはどうだって良いんです。 ……初めてお会いして突然こんなことを言うのもどうかと思うのですが… 旅人さん、私の話を聞いて下さいますか?」 「あぁ、聞かせてもらおうか。」 なんだかおかしなことになって来たと思いながらも、俺はパン屋の親父…いや、パンの妖精の話を聞いた。 そいつが涙ながらに語った所によると、パンの妖精の家に少し前から魔物が住みつき、そいつのせいで、家は崩壊寸前になって困っているということだった。 「パンの家を作るのはそう簡単なことではないのです。 パンの家の材料となる大パンの木は、ここにあるパンの木のように、毎日、実をつけるわけではありませんし、採って来たパーツをさらに裁断したり焼いたり手間隙をかけて作るのです。 そんな苦心して作ったパンの家をあいつは……好き勝手にかじり放題…そのせいで家はぼろぼろです。 しかも、魔物は家の中をごみためのように散らかした上に、占拠してますから、私達家族は、今、ホームレス状態なのです。」 そう言って、パンの妖精は前掛けの裾で涙を拭った。 「そうか、そいつは大変だな。 まぁ、頑張れよな。」 俺は、パンの妖精の肩をぽんと叩き、その場を立ち去ろうとした。 これ以上、おかしなことに関わりたくなかったからだ。 |