パン香りに近付くに連れ、それと比例するように白い霧がだんだん薄くなっていく… やがて、おぼろげだったあたりの風景がはっきりと見えるようになった時、俺の目の前に広がっていたのは森だった。 (牢獄に森なんてものはない。 俺は、気付かないうちにどこかに連れ去られたのか!?) 危険を感じながらも、俺は焼き立てのパンの香りの誘惑に抗うことは出来なかった。 もしかしたら、この森の中にパン屋があるのか? 美味いパンが食べられるのなら、怖い物等何もない! 俺は躊躇うことなく森の中に足を踏み入れた。 「な、なんだ、これは…!」 森の中をしばらく進んだ所で、俺は思わず心の叫びを声に出してしまっていた。 あたりに生える木々に実っているもの… それは、パンだった。 ある木にはメロンパンが、そしてまた別のある木ににはグローブみたいなクリームパン、木によって実るパンが違うようだが、とにかく、どの枝にぶら下がっているのもすべてはパンだった。 (……ありえない。 木にパンが実るなんて…) 俺の思考は正常にそう判断した。 当然、そんな不自然なものに手を出すのは危険だ。 そんなことはわかっている… だが、わかっていても、そのパンの香りはあまりにも甘美で… 俺の「パンを食べたい」という本能は、理性を簡単に打ち負かした。 (ここでこのパンを食べなかったら、俺はきっと一生後悔する!) 俺は手近にあったクロワッサンに手を伸ばした。 ほのかに温かいクロワッサンの感触をゆっくりと確かめる間もなく、俺はそれを口に運んだ。 (う……… うまいっっ!) こんなにうまいパンがこんな所で食べられるなんて……これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と呼べば良いというのだろう。 感動に胸を震わせながら、俺はあたりに実ったパンを手当たり次第にもぎとっては頬張った。 (天国だ… ここは天国だ…!) 至福の時に身悶えする俺の前に、不意に影が差した。 それと同時に羽ばたきの音が聞こえ、俺はその音に誘われるように上空を見上げた。 |