その地獄のフルコースを見て朔夜がげんなりしていると、斎が台所から出て来た。それをきっと睨み付ける。 「斎、てめぇ……」 「ごめんごめん。手伝うって聞かなくてさ」 「るっせぇ。問答無用だこの野郎」 もう我慢できねぇ! 遂にここ数日の苛々が溜まった朔夜は、室内だということに構わず術を発動させようとした。 が。 「待て」 あと少しで術が発動する、というところで口に何かが突っ込まれた。何だ、と言おうとすると、口の中に苦い味が広がる。 これ、は、まさか……。朔夜の顔が俄かに青ざめ始めた。 「先に飯食え。喧嘩は食べ終わってから外でやれ」 朔夜の口に手製の料理という名の劇薬を突っ込んだ郁が、淡々と言った。 「んんんっんーんー!」 朔夜は吐き出そうとするが、しっかり押し込まれてしまっていてうまくできない。珍しく必死になっている朔夜を、斎が凍りついた笑顔で凝視している。恐らく、この兵器を初めて食べた時の記憶が頭の中でフラッシュバックしているのだろう。その目は、どこか虚ろだった。 結局、朔夜は観念してそれを飲み込んだ。ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す彼を眺めて、郁は頷く。 「よし。さぁもっと食え」 「もういい……」 机に突っ伏した朔夜は、もう怒る気力も残っていないらしい。その肩を、斎がぽんぼんと叩いた。 「俺の作ったのもあるからさ……良かったら、食べてよ」 さすがに同情したのか、その口調はどこか優しい。朔夜はのろのろと顔を上げると、ちゃんと色のある料理を口に運んだ。勿論、口直しのためだ。 「くそ……てめぇ後で覚えてろ……」 「取り敢えず、郁の耳に入らないように善処したんだよ、これでも」 「知るか。それもこれも、全部あのパン馬鹿のせいだ……」 帰ってきたら何をしてやろう。朔夜が本気で考え始めたそこに、いつの間にか席を外していた郁がやって来た。その手には、櫛がある。 「ちょっとじっとしてろ」 「おい、てめっ……!」 思わず身構えてしまった朔夜の予想を裏切り、髪を解かす手は優しかった。少々驚いた彼に構わず、郁はすいすいと髪を解かしていく。 「へぇ、案外髪解かすの上手いんだね」 「うるせぇ。案外は余計だ」 乱暴にやったら傷むだろうが、と言葉が続いたのに、朔夜も斎も驚く。口は悪いが、意外と女らしい所もあったのかと。 |