朔夜が眉間にしわを寄せてそう主張すると、斎は髪を梳きながら言った。 「大丈夫大丈夫。別に抜けてもハゲにはならないから」 「そういう問題じゃねぇだろ。もっと丁寧にとかせよ」 「嫌だね。めんどいから」 朔夜は頭突きでも喰らわせてやろうかと思ったが、自分の頭が痛くなりそうなのでやめておいた。代わりにぐちぐちと文句を言ってやったが、童顔の男は全く気にする素振りを見せない。結局最初から最後まで乱暴な手つきで髪を梳き終えると、空になった食器を片付けて、さっさと去っていった。 それから斎は、一日に三回朔夜の所にやって来るようになった。彼に食事を与え、他愛もない話をし、彼をからかって帰って行く。それが、二日間続いた。 そして、篝火が出掛けてから三日が経った日のことである。 その日、いい加減斎のからかいにうんざりしてきていた朔夜の枕元に訪れたのは、件の彼ではなかった。 「おい、起きろ」 渋々目を薄く開けた彼の視界に映ったのは、全身黒づくめだった。 「郁……?」 長いストレートの黒髪にこのぶっきらぼうな口調は間違いない、郁だ。でも何故、彼女がいるのだろう? 「斎がお前の世話を引き受けたって聞いてな、手伝いに来た」 聞くまでもなく、彼女は答えてくれた。ふぅん、と生返事をして、寝返りを打つ。眠い。もう一度寝たい。そうぼんやりとした頭の中で考え、朔夜は再び目を閉じた。心地良いまどろみに身を任せようとして、 「朝飯作ってきたから、さっさと食え」 奈落の囁きが聞こえた気がして、耳をふさいだ。 今のは幻聴だ。幻だ。何も聞こえなかった。何もない。何もないのだ――そう夢うつつで自分に暗示をかけ、眠りに落ちようとする。が、敵はそんなに甘くなかった。 「ほら、起きろ」 夢でも幻でもなかった郁は朔夜の布団を剥ぎ取ると、彼の端正な顔をぺちぺちと叩いた。 「やめろ馬鹿ふざけんな」 「すげぇな。寝てんのにこの罵詈雑言」 「黙れ俺は何も食わねぇ食欲ねぇんだよほっといてくれ」 「何言ってんだ。食わねぇと体に悪ぃぞ」 てめぇの料理の方がよっぽど体に悪ぃだろうが! そう言いたかったが、寝起きで体に力が入らない。朔夜は強制的に食卓に連行された。 食卓には、もう既に料理の乗った皿が並べられていた。色合いの鮮やかなものもあるが、大半は真っ黒だ。 |