「あ、これ俺の財布じゃん!」 「さっきすれ違った男がスったんだよ」 「で、それを君がスリ返した、と。相変わらず手癖悪いね。元泥棒さん」 「まず礼を言え、礼を」 「はいはい。ありがとー」 棒読み口調の礼と共に差し出された手。今度は篝火が困惑する番だった。 何だと問う前ににっこり微笑んだ斎が口を開いた。 「半分でいいからさ」 「なっ……んの話だよ」 ギクリと身を強ばらせ、裏返りそうな声を何とかごまかす。だが、相手が悪かった。 「あいつの財布も一緒にスったんだろ。バレバレ」 「……だとしても、お前に渡す理由がない」 渋々認めながらも、一応言い返してみる。もちろん無駄な足掻きだろうが。 「は? 俺の財布のついでにスったんだろ? じゃあ裏を返せば俺のおかげじゃん」 「何だその屁理屈は」 肩をすくめて、篝火は男からスった財布を開けた。 「……六千ロゼ。ま、こんなもんか」 死と隣り合わせのこの地では、金に固執する者は少ない。その日暮らしの金しか持たない輩がほとんどだ。 「ほら三千」 「やりっ! これでちょっといいモン食える」 最近ちょっときつかったんだよねーと言いながらいそいそと金をしまう斎を横目に、空の財布を投げ捨てた篝火は歩みを再開した。 「あ。待った待った。俺も行くよー」 何故か斎がその後をついてくるが、篝火は特に気にも留めずにのんびりと家路を行く。どうせ家の主は今だ夢の中だろうから急ぐ理由もない。 だが、家までは大した距離でもないし、さっきの臨時収入は何に使おうかなどと考えながら歩いていたら、いつ間にか家の前に着いていた。 「お邪魔しまーす。……あ」 何故か先に室内に入った斎がピタリと立ち止まる。訝りつつ斎の上から室内を覗き込んだ篝火も、同じように立ち尽くした。 「帰ったか」 「……郁」 台所から顔を出した黒髪の青年の名を呼ぶ二人の声が重なった。 |