零の旋律 | ナノ
毛糸様から「雪合戦という名の親睦」



「よし、彼の名はスフォルトゥーナだ! バケツのシルクハット、高い人参の鼻、つぶらな小石の瞳……実にハンサムだぞ」
「……いい歳して、嬉々として雪だるま作らないでくださいよ、デセオ。痛々しいです」
「なあにを言っているのか、キサマは。吾輩たちは今から、もっと大人げない事をするんだろうが」
 ぽふぽふと手袋についた雪を払いつつ、デセオは満悦の笑みを浮かべた。それを受け、今回彼の相方として白羽の矢がたったメイジは、明後日の方角を向く。
「気が進まないなあ……」
「吾輩は楽しみであるぞ? 若人とふれあえる数少ないチャンスであるからな」
「彼らと会えるのは俺だって楽しみですよ。……ただね、果たして雪合戦をする必要があるのかと疑問に思っているのです。こんなに寒いなら尚更、閖姫君と奈月さんで温かい紅茶をご一緒したかったのに」
「案ずるなよ、子供は風の子というじゃないか」
「もうそういう年代じゃないんですって、お二人は。……ああ、ほら。お見えになりましたよ」
 魔導師が指す方向に首を巡らすと、デセオは短く感嘆の声をあげた。
「なんだ、えらい美人じゃあないか! てっきり吾輩は、もっと体育会系の熱血集団が押し掛けてくるのだと思っていたぞ」
「もしかして……その根拠のない憶測だけを頼りにして、雪合戦などという荒唐無稽な提案をしたのでは……」
「細かいことを気にしているとハゲあがるぞ。そも、先方だって快くこちらのアイディアを呑んでくれたのだから問題なかろう。――なあ、お嬢さんがた」
「え? いや、俺たちは……」
 不意打ちにも等しいタイミングで話を振られ、閖姫は困ったように傍らにいる奈月と顔を見合わせた。
 今まさに到着したばかりの二人には、交わされていた会話の詳細は分からないが、どうも自分たちが話題にあがっていたらしい事は容易に察せられる。しかし、それにしてもお嬢さんとは。華奢な奈月はともかく、閖姫は身長が180cmに届くかというほどの長身であるというのに、どうしてあそこまで断定的に女性だと決めつけられるのか。当人は至って不思議に思っていたのだが――初対面であるならば、その麗姿から誤解をするのも致し方ない。刺すような冷たい風を受けながらも、凛として艶やかな黒髪をなびかす佇まいは、なんとも絵になっていたのである。
 一面の銀世界に目を輝かせていた奈月は、気づけば眼前にいる二人の男に戸惑っているらしい様子を見せていた。その細い肩をそっと撫でてやりつつ、覇王は柳眉を柔く下げて微笑む。
「えっと……貴方たちが、俺たちと雪合戦をするデセオさんと、メイジさん……でいいんです、よね?」
「おうとも。まあ、そう固くならずともいいぞ。これより尋常なる勝負をする仲であるからな、気安くせよ」
「や、そう言っても――ッ!?」
 まったく、突然のことだ。目の前まで歩みでていたデセオと向き合い、挨拶を交わしていた閖姫は、突如視界の外から飛んできた“何か”に息を呑む。が、同時に突き出した日本刀で奇襲を退けた。鞘のちょうど中腹に直撃したものは、ばらばらと砕けて足下に落ちる。間違いない、それは固く丸められた雪玉に相違なかった。
 第一撃には見事に即応したものの、それだけでは終わらない。断続的に飛んでくる白い弾丸を時に避け、時に弾き返しつつ、閖姫は相棒の手を引いた。
「わっ、閖姫……!?」
「とりあえず、避けられる所まで走るぞ……! こんなむちゃくちゃに投げられちゃ反撃のしようもない!」
 気づけばデセオとメイジは、何時の間に出来上がっていた雪の砦の向こう側で、この上なく楽しげな様子で雪玉を投じていたのだ。その背後に佇立する三段重ねの雪だるまが如何にも間抜けな顔をしていて、酷く場違いに思える。彼らの腰ほどまで盛り上った純白の防弾壁や、不意打ちで飛んできた一撃目は、恐らくメイジの手によるものだろう。突飛な発言ばかりを繰り返す金髪の男よりは、相方の方がまだ話が通じるかと一瞬思いもしたのだが、どうやらその期待は最悪の形で裏切られてしまった。まったく、抜け目がないというか、大人げないというか。
 近くの木立に駆け込むと、閖姫は背の高い杉の木を壁にしながら顔を出してみる。すると、それを待っていたかのように、またしても雪の塊が襲いかかってきた。間一髪で体を引いて避けるも、近くの幹に当たって四方に散じたその玉の勢いたるや、少々やりすぎとも思える。理不尽な現実を目の当たりにし、漆黒の覇王から徐々に戸惑いが消えていった。代わりに研ぎすまされていく感覚と、冷えきっていく思考。その威圧感はまさしく、戦場に立つ武人のそれである。
「――閖姫」
 そんな彼に、そっと一つの雪玉が差し出された。視線を持ち上げると、明るく笑う奈月が居た。見れば、その足下には不揃いながら、たくさんの“予備弾”が作られていた。どうやら、思案に耽っている僅かの間に、せっせと作っていてくれたらしい。おかげで、細い指先はすっかり赤くなっていた。
 奈月から雪玉を受け取ると、そっと手を握る。驚いたように赤い瞳を丸める相手に、閖姫は頼もしく笑ってみせた。
「そうだな、やられっぱなしじゃ何だ。そろそろ反撃に、」
「ふははっ、隙ありだぞ若人たちよ!」
 生まれつつあった和やかな空気を縦に引き裂いて、欲望の権化は転がるようにして姿を見せた。その両手には二つずつの雪玉、計四つの無邪気な害意がしっかと握られていた。奈月の背後に、何処からともなく現れた怪人は、大笑を響かせつつ手中の玉を惜しみなく投げた。投じた直後、明らかに『しまった』と目を丸めたのは、標的としていた奈月の反応が、思いの外緩やかであったからだ。雪玉の嵐にさらされながら、全てを華麗に回避するという芸当を演じてみせた閖姫を基準に、自らの行動を定めていたせいだろう。無論、度を超してムキになっていたというのも多分にあるのだが――寸分の手心も加えず、至近距離から投げられた雪の塊は、しかして投手の心をくみ取り速度を落とすはずがない。鮮やかな桃色の髪が、揺れる。

 それは、瞬きよりも速い刹那。
 桃の色彩は深い黒へと目まぐるしく変わり、次の瞬間には白を散らしていた。ヒステリックにぶちまけられた絵の具にも似た無秩序さで、弾けた雪玉は全て閖姫の背中が受け止めていた。
 凶弾は、奈月に届く前に、抱き込んで庇った閖姫によって防がれたのだ。彼の腕の中で呆然としていた奈月であったが、状況はすぐに察したらしい。恐る恐る顔を上げ、その隻眼を見張る。瞳には、雪玉の衝撃と、付着して溶けたそれのもたらす悪寒に表情を歪めた、愛しい人しか映っていない。
「〜つめたッ……! ちょっと、デセオさん! いくらなんでも、二度も奇襲するなんて卑怯じゃないですか……!?」
「だって、隠れたまま出てこんのでは詰まらんではないか、吾輩が。しかし……別にオマエらの邪魔をするつもりはまったく無かったのだぞ。ああ、そうだとも。吾輩は邪魔をするより、他人のスキンシップはこっそりガッツリ見守る方が好きだ」
「いや、そんな事聞いてな、」
「どいて、閖姫」

 またも冗長なやりとりが始まるのかと思いきや、今度はあっけなく幕が下りた。するりとしなやかに抱擁から抜け出た奈月が、熱弁を振るうデセオに向かって勢いよく、ナイフを振りかぶったのだ。
 積もった雪よりも鮮烈な煌めきを放ち、細腕を離れた白刃は寸分の狂いもなく、碧眼の道化の眉間へ飛んでゆく。とっさにしゃがんで避けたデセオの背後、彼方に吸い込まれるようにして消えたのも束の間だった。がしゃんと、重量のあるものが崩落した音が、空気を震わした。唖然とする閖姫とデセオの視線の先で、まるでスローモーションのように、一体の雪だるまが崩れ落ちていく。
「――ああッ、吾輩のスフォルトゥーナが! 3時間かけて作りあげた傑作が!!」
 どうやら、頭でっかちなスフォルトゥーナの脳天に突き刺さったナイフが、辛うじて保たれていたバランスを突き崩し、崩壊へと導いたらしい。たかだか雪だるま一つに3時間も情熱を注ぎ続ける神経は容易に理解できるものではないが、かくして彼の傑作は不幸《スフォルトゥーナ》という名に恥じぬ形で、その短い人生に終止符を打ったのだった。
「……閖姫に当てるから、そういう事になるんだよ」
 ぽつりと呟いた奈月は、閖姫についた雪を丁寧に払いつつ唇を尖らす。
「しかも、そっちは用意周到に壁まで作っちゃってさ。卑怯じゃない?」
「ううむ、まったくもって正論すぎるからあえてスルーするが、しかし桃色髪のお嬢さん。これはあくまで雪合戦であるからして、あのような凶器は――……ああ、なるほど!」
 改めて後ろを振り返り、じいと目を細めたデセオは呵呵大笑した。かつて雪だるまの鼻としてあしらわれたニンジンの傍らに落ちている、一振りのナイフ。その根元には、あらかじめ突き刺されていたと思しき雪玉が、存在を主張していた。
「雪の玉に小石を混ぜ込むのが、ウラ技として一種の市民権を得ている以上、ナイフを仕込むというのも分からん考えじゃあないがな。あれでは果たして、雪玉を投げたかったのか、ナイフを投じたかったのか分からんぞ」
「なんだ……もっと驚くかと思ったのに」
「驚いたとも! そもそも吾輩はキミに当てようとしたのだ。それをそこの黒髪のお嬢さんが阻止したから、スフォルトゥーナは哀れ、頭にざっくりと一撃貰う羽目に、」
「だから、俺はお嬢さんじゃないですって。というか、体よく全部俺のせいにされてる気がするんですけど」

「まあまあ、お三方。そんな所で言い合いをして、風邪を引いたらどうするのです」

 この上なく、呑気な仲裁が三人の背中を小突いた。
 振り返ると、色彩が抜け落ちた雪原の中で手を振るメイジ。そしてその背後に、大層な造りの白いドームが出現していた。中央にはご丁寧にも火鉢が据えてあり、きっちり四枚の座布団が用意されている。呆気に取られる閖姫らに湯飲みを掲げると、白い息を弾ませて手招いた。
「閖姫君と奈月さんに、たくさんお聞きしたい事があるんですよ。例えば……どうやったらこんなに美味しいクッキーが焼けるのか、とかね」
 好奇心旺盛な魔導師は楽しげに笑って――シンプルなラッピング袋から取り出したチョコチップクッキーを、美味そうに齧った。



『 雪合戦という名の親睦 』
(それ、俺が持ってきたクッキー……だよな? 後で出そうと思って、まだ渡してすらいなかったと思うんだが。……それより、)
(はは、すみません。こっちには、美味しいものには目が無い、食欲の権化が居るもので)
(おいこら待たんか、メイジ! そのクッキーは吾輩が手ずから得た獲物と言っておいただろうに。待っておけ、今から吾輩が到着するまで、もう一枚たりとも手を出すなよ!)
(あ、閖姫が作ったものなら僕も食べたいなー)
(おいってば――……雪合戦は、どうなるんだ?)

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同盟にて毛糸様に雪合戦コラボ小説を書いていただけました!
当サイトからはD×Sの奈月と閖姫、毛糸様宅からはメイジさん、デセオさんとのコラボです。

物語の流れもスムーズな展開、楽しさユニークさ溢れる会話文に終始ニヤニヤさせて頂きました。メイジさんとデセオさんが凄くユニークな方々で奈月や閖姫もとっっても雪合戦楽しめたに違いないです!途中奈月が危険なものを投げたのもとても奈月らしいです。一つ一つの文章も丁寧で表現力溢れていて、雪合戦している場面がもう自然と浮かび上がってきます。

この度はコラボ小説有難うございます。


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