零の旋律 | ナノ
T



〜ある朝の風景〜


 朝が来てもこの街は日が差さない。
 それは地下深くにあるこの空間すべてにおいて言えることであり、それにもとっくに慣れてしまった。
 例え太陽が昇ることはなくとも今は朝である。
 コンクリートで造られた建物が多い街の一角、朝には訪れる者も多いパン屋から鮮やかな金の髪をした青年が一人出てきた。

「ああ。いい匂いだ」

 抱えた袋から香る焼きたてのパンの匂いに知らず口元が綻ぶ。家まで待ちきれないのは分かっていたから、そのために買ったクロワッサンを探し当てると頬ばりながら歩き出した。

「あ、篝火だ。おーい」

 通りの店をひやかしながら家に向かっていると、ふいに名を呼ばれた。
 顔をあげると、少し離れた店先に見慣れた黄緑の髪の少年の姿があった。いや、正確に言えば青年と言うべき年齢なのだが、いかんせん実年齢より幼く見えてしまう。
 クロワッサンを口にくわえたまま片手をあげた篝火は、ふいに紫の両目を眇めた。
 鋭い眼差しは、少年のような青年――斎のすぐ後ろを通過したひょろっとした男に向けられている。男と斎がすれ違った瞬間、風の吹かないこの地で、斎の服の裾が不自然に靡いたのを見逃しはしなかった。
 だが、篝火は何事もなかったかのように歩みを進め、男とすれ違い、斎の元へと向かう。

「偶然だね〜。買い物かい?」

「ああ」

「あ、何を買ったかなんて言わなくていいよ。君のことだ。答えは一つしかないもんね」

 けらけらと笑う斎に、クロワッサンをたいらげた篝火は不機嫌そうに眉を寄せた。

「悪いか。何を買おうと俺の勝手だろーが」

「誰も悪いなんて言ってないだろ。被害妄想甚だしいよ」

 笑顔でそう言ってのける斎を見下ろしながら、篝火はため息をつく。
 こんなことなら余計なことはするんじゃなかったと後悔しつつも、手にしていた物を斎に向かって放った。

「え。なに」

 反射的に受け止めた斎が手の中の物を見やり、緑の目を見開いた。



- 74 -


[*前] | [次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -