] 何か釈然としない苛立ちを感じながら俺は自宅ではなく玖城家に足を運ぶ。 此処数週間玖城家に姿を見せていない。此方の仕事が予想外に長引いてしまったからだ。 いつもと変わらない闇。何処かの王道小説ならばラスボスの魔王が済んでいる城だ。 門をくぐり足を踏み入れると、遠くから俺の姿を確認したのだろう、手に黒い兎の人形を抱えながら走ってくる少女がいた。 「律にぃ!!」 そのまま俺に少女――郁は飛びついてくる。12歳の背伸びをしたいだろう年頃のはずだが、郁の姿はいつ見ても黒尽くめだ。しかし背中には黒いリボンがつけられていて、可愛さを演出している。 くりっとした漆黒の瞳が嬉しそうに見開いているのが判断出来た。 「律にぃ、どうしたの、暫く顔見せないで」 「悪い悪い、仕事でな」 「そう……、あぁ、早々いずにぃが律にぃ呼んでいたよ」 「だから、態々迎えに来てくれたのか」 「うん」 無邪気に頷く郁に、俺は郁にはその無邪気さを失わないでほしいと願う。 泉や俺はすでに引きもどせない場所にいる。けれど郁まで此方側に来る必要は何処にもないのだから。 だから、どうかこのままで―― 「じゃあ、言ってくるわ」 「いってらっしゃい」 郁は俺からすぐに離れる。俺はそのまま泉がいる私室に進む。 相変わらず泉の部屋は暗い。照明をつけたところで薄暗い。 しかし、泉の部屋はいつもと違った。この時間――昼間なら泉はまだベッドの中で寝息を立てているはずだったが、今は椅子に腰かけていた。 まぁ勿論俺を呼んだのだから当然だが。 「……おかえり」 そのひと言、そのたった一言で俺の先ほどまでの苛立ちは何処かに消え去った。 「ん、ただいま」 「……天才軍師水波に色々言われた感想はどうだ?」 何時でも何処でもアンテナバリバリだなぁ。泉の前で隠し事は不要。 結局俺が征永の人間とその部下を惨殺したことは知っているのだから、その恐るべき情報能力によって。 「正直言えば、イラついた」 「図星だからか?」 「まぁ、そうだろうな。だが、憐れだのなんだの言われる筋合いは何処にもない。俺はこうなることを自ら選んで此処まで来たんだ、他人に憐れだどうのこうの言われる筋合いがない」 「……それこそが水波が憐れだって言った原因なんだろうけどな」 「知っているさ、それくらい」 知っているから、だからといって受け入れられるものでも到底ない。 認めているからと言って、受け入れるわけではない。 「俺は、このままでいい。後悔したことなんてないんだからな」 泉と、郁と一緒にいられればそれでいい。 俺の瞳には二人しか映っていないのだから。どんな時もその二人のことに天平は傾く。 [*前] | [次#] TOP |