零の旋律 | ナノ

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「相手を混乱させる為に一番便利なことでしょ?」

 そう“お喋り”ただのお喋り。それが犯人を混乱させるための作戦の一つ。
 どちらかが本当か、どちらが真実か、表か裏か。

「さて、どちらが裏でどちらが表でしょう。いや、両方裏と裏の可能性もあるけれどもね」

 俺に向けて、姿かたちなき俺に語りかけている。
 勿論返事はしない。

「さて、帰ろうか」

 そう言って再び天才軍師水波はその場を後にした。

「やっかいだなぁ」

 誰にも聴きとれないように独り言を呟く。もっとも、それ以前の問題でこの場所には誰も近づいて等いないのだが。



 何かが軋む音がする
 何かが割れる音がする
 何かが砕ける音がする
 あぁ、あぁあぁ、そうか。ずっと前になくしたかったもの。
 そして、ずっと手に入れたかったもの。憧れ。憧れを捨てたからなくした――のかもしれない。


 毎日のように、情報確認の為現場に向かう。天才軍師水波はそれから数日間は姿を現さなかった。暇な日だ。やることはあるけれど、たった一つの綻びから全てが崩壊しては困る。
 さらに数日。やはり天才軍師は現れない。一目につかないように行動しているが、人目につかない場所から確認すると、警備員は四人に増えていた。四人程度に増やした処で意味はないが。
 そこに人が急に増えてきた。
 警備員ではない軍人が――

「へぇ、何かデモンストレーションでもやるのか?」

 一瞬。

「志澄律君」
「!?」

 一瞬の隙に声をかけられた。

「取引をしないかい?」

 そして二言目にはそう言われた。
 目の前に、少し距離を置いている人物に対して俺は微笑みかえす。
 相手が――天才軍師水波は微笑んでいる。両手を後ろに組んで、スキップするような動作をしている。

「……取引?」

 暫く間をおいてから、俺は返事をする。

「そう、あの無罪君。君のせいではめられたあの無罪君の無罪だという“証明”を」

 引っ掛けではない。確固たる証拠を持っている瞳をしている。ならば惚ける必要は何処にもない。
 そう、問題は此処から。天才軍師がこの場までたどり着くことは予想の範疇ない。
 もっともこの場で一瞬のすきをつけられたことは予想外だけど。というより想定外か。

 そういえば、頭脳戦に置いても昔から泉には勝てなかったっけ。まぁもとより最初から持っている情報量の差があるから、そこから何処まで有利に持っていくかしかできないけれど。
 いうなれば泉は100メートル走で俺は1000メートル走をやっている感じ。スタート地点は一緒だけれども、タイムを計る距離が違いすぎる。それなのに競争をするのなら無意味だ。


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