T 篝火は突然の来客に驚いたが、すぐに台所に向かって紅茶を入れ始めている。 まめな奴だと心の中で朔夜は呟いておく。 元々飲むつもりで用意していたのか紅茶がほどなくして出てきた。篝火はそれと同時に椅子に座るように促す。お盆の中には紅茶と人数分のカップ、そしてクッキーがそえられていた。 細かい奴めと朔夜は再び心の中で呟く。それが篝火だと半年の間に知っておきながらも呟かずにはいられない。朔夜ならばまず紅茶もクッキーも出さないからだ。むしろ椅子に座れすらいわないで追い返しているだろう。 「何しにきたんだ?」 「いや、折角昨日出会えたんだしと思ってな」 「変わり者だな」 「そうか?」 「あぁ」 「私はそんなつもりはないんだがな、ただ直感ってやつだ」 「ふーむ」 郁自身、何故此処に足が向いたのかはわからなかった。勿論住所を聞いたのは郁の意思ではあったが、それでも何故朔夜と篝火の元に行こうと思ったのか、郁の中で疑問が解決することなかった。 そっと右腕を握る。 ――私は安心したいのだろうか。 誰にも気づかれたくない、心配かけたくない、その反面誰かに気づいてほしいと思う矛盾を抱えながら。 「まぁのんびりしておけ」 昨日兄とこの街の支配者が激突したというのに、その妹である自分が何も言われないことに疑問を浮かべる。それが顔に出ていたのだろう篝火は苦笑する。それに怪訝そうな顔をすると気にするなと篝火は声をかける。昨日のことも、そう付け加えて。 「美味しいな」 だから、郁も何も言わなかった。代わりに紅茶を飲んだ感想を言う。 「そうか」 「あぁ、なんだかあったまるな」 「人が恋しいのか?」 「……そうかもな」 失った何かを求めてやってきたのかもしれない。 失った空白を埋めようとして足掻いているのかもしれない。 戻ってこないと知りながらも、戻ってきてほしいと思い そして―― 「辛気臭いのは嫌いだ」 「そういう顔をしているな、だが私は別に辛気臭いわけではないぞ」 「そうか? 大抵この街にきた罪人は変な顔をしているがな」 「それは街があるからだろう、誰も街があるなんて想像しないさ……多分」 最後にそう付け加えたのは兄の存在があったからだろう。 つまり、兄は――泉は最初から罪人の街の存在を知っていた。そう郁は雰囲気で篝火と朔夜に教えていた。 [*前] | [次#] TOP |