零の旋律 | ナノ

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「パンがないのが難点だけどな」

 篝火は毎度様々な品ぞろえがあるこの店だが、パンだけが一切置いていないのが不満だった。

「お前は黙っとけ」

 この店にパンがないため、昔篝火は朔夜とともに来た時にパンを作らないのかと聞いたことがあった。しかし、その時の答えはパン屋から仕事を奪うわけにはいきませんというものだった。
 現在、篝火が日参しているパン屋と此処の店主は顔見知りらしく、篝火がパン屋の常連だということも知れ渡っている。だからパンを作らないということらしい。それが真実かどうかは篝火にはわからないが、実際此処にパンが置いていないため、篝火は滅多なことがないと此処に来ることはなかった。
 第一自炊した方が安く済む。


「相変わらずうまいなぁー、まっ柚には負けるけどね」

 柚の料理の腕前をサラリと自慢する榴華。しかしいつものことなので朔夜も篝火も反応しない。郁はそんな二人の様子に反応しなくていいのかと、料理が到着した後は料理を食べることに専念していた。
 朔夜が云っていた通り、味は一流で美味しい。値段に至ってはいくらか見てはいなかったが、榴華が御馳走してくれるなら、考えなくていいかと、気にしていなかった。
 暫く食べる音だけが響く静かな空間。
 食べ終わった後、郁が口を開いた。

「そういえば、何故此処に店があるんだ?」
「あぁ、それは簡単」

 今回はやたら説明役に回る朔夜。ただ単に暇つぶしなのかもしれないが。
 普段なら説明役は篝火に回ってきていた。朔夜の短気さで、いつも喧嘩腰なため、朔夜が話していると話が進まないのだ。しかし、今回に限っては話が進むため篝火は何も言わない。榴華も普段より無口だ。

「榴華が、この街の支配者になった時までは、飲食店とかはなかったんだが、ってか罪人の作る飲食物って信用したくないし。けど、榴華がこの街の支配者になったことで作らせたんだ。普段柚霧にばかり料理を作らせたくない、偶には休息してほしいから、飲食店を作れって具合に」
「大分職権乱用なんだな」
「まぁ、ここいらの奴らなんてそんなもんだよ」
「そうだろうな」
「そんなわけで二年くらい前からこの街には飲食店が出来たんだよ。勿論ちゃんとした料理人とか料理が趣味の奴らが作っているから味は保証されているし、一定の利益を榴華から貰っているから、経営も真面目なんだ」
「意外だな」

 正直な感想を郁はいう。罪人の牢獄、その名の通り罪を犯した人が送られる場所。
 そして街があるということはこの罪人の牢獄を彷徨わなければたどり着けない。入口でその場にいれば、この街を見ることなく死んでしまう。
 そして、この街に辿り着けたとしても力なきものは力あるものに殺されてしまう可能性が高い。
 暴力殺人等などこの街では日常茶飯事の出来事。
 それなのに安心して真っ当に経営する店があることが郁には驚きだった。


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