W 「馬鹿は馬鹿って言っただけだよ」 俺が朔夜に殴りかからなかったのは、朔夜の瞳が落ち着いていたからだ。澄んだ何者も見透かしてしまいそうな、こんな場所にいて淀んでいない純粋な瞳――まっすぐ見つめてくる瞳に俺は目を反らしたくなる。 目を合わせていると張りつめていた糸が切れてしまいそうで。 「やっぱり馬鹿じゃねぇかよ」 お前は何回人を馬鹿と言えば気が済む。 「泣きたいなら、なきゃいいじゃねぇかよ」 「っ……!!」 「一人で我慢するなんて馬鹿じゃねぇの? 泣かないことで強がっているだけか?」 「……お前は俺を何も知らないだろ」 「それこそ馬鹿だろ」 お前は何回人を馬鹿と言えば気が済む 「人の心を読めるわけじゃねぇんだ、お前の過去を知っているわけじゃねぇんだ。そんなお前のことしらねぇよ。第一お前は俺のことを知らない。言われる筋合いは何処にもない」 「……そりゃあ、そうか」 「んじゃあ、俺は部屋に籠ってやることあるから、後片付け宜しく」 料理を作ったなら最後までやれ! そう言いたかったが、そう叫ぶより先に朔夜は綺麗になった自室へと戻ってしまった。 『戮力協心しよーよ。ね? 僕人手不足でさ』 笑いかけてきた“あいつ” 『あはっ。油断大敵。盗人が盗人に盗まれたね』 出会いは突然 『相惚れ自惚れ片惚れ岡惚れって知ってる? 人が人を好きになるのはいろーんな形があるってこと。だから僕が君を好きになる形があってもいいんだよ』 突然の告白……だったのだろうかあれは 『孤掌鳴らし難し。だから僕は君と一緒にいたい、君となら出来る気がするよ』 いつもいつも難しい言葉ばかりいっていた“あいつ”は俺が死なせたも同然。 大切だと認められなくて 認めていたら、あの時差し出された手を握っていれば あの時一緒に行動していたらそう思ってばかり どんなに願ってもどんなに後悔しても過去は戻ってこないのに。 「相惚れ自惚れ片惚れ岡惚れ……確かにいろんな形があってもよかったのかもな。詰まらないことに拘る必要なんてなかったんだよな」 椅子にもたれかかったまま腕で額を隠す。 「大切だと認められないと……いつか大切な人をなくすよ」 真っ白なあの子はいつも言っていたのに、教えてくれたのに聞く耳を持たなかったのは……いつも俺。 「君が何をしても。もう手遅れだよ」 自ら悲痛な事実を告げたくなかっただろうし、俺の為に態と感情を抑え込んで言わせてしまった。 「朔夜の言うとおり本当、俺馬鹿だな」 [*前] | [次#] TOP |