最終話:千朱ちゃん 「千朱ちゃん!」 まだ死んではいない。微かだが、微弱だが心臓は成っている。まだ死んでいない、けれどいつ死んでもおかしくない状態だ。 だからこそ水渚は冷静ではいられない。 「くっ……」 栞は弱く呼吸を繰り返しながら、それでも力を振り絞って、この場から移動しようとする。 この場ですぐに移動が出来るのは影の力を持つ自分だけ。 「はぁはぁ」 「栞っ」 朔夜が栞の身体を支える。 栞は血を流す為、毒を弱めるため自分で自分を傷つけた。けれど、血を失った変わりに多少の自由が効くようになった。 倒れる前に、意識を失う前に――。 「朔、少し待っていて、千朱ちゃんと、水渚とね」 朔夜の肩から手を離し、栞はその場から消える。 数日後――。 辛うじて一命を取り留めたが、失ったものは大きかった。罪人の牢獄最果ての街、牢獄支配者が済む自宅。 そこに二人の人物がいた。一人は罪人の牢獄支配者通称銀髪。もう一人は第一の街支配者水渚。 影のある表情で、あちらこちらには包帯が生々しく巻かれ、怪我の酷さを物語っている。 痛みが酷く立っているのも辛い状態だが、それでも水渚は痛みなど毛ほど感じさせない表情で銀髪に“お願い”をする。 最後に頼れる先は銀髪しかなかった。 「千朱ちゃんを、千朱ちゃんが何時目覚めても大丈夫なように、千朱ちゃんの時を止めて」 栞が助けを求める為、真っ先に向かった場所が銀髪の元だった。そこで栞は銀髪と共に崩落の街へ戻る。 現状を見た銀髪は顔を顰めた後、すぐに治療に取り掛かった。 そして、全員一命を取り留めた――までは良かったが、千朱の意識が戻ることはなかった。 生きているが、意識はない状態。その事実が水渚たちを絶望へと追いやる。それでも目覚めない可能性は零ではない、その可能性に縋るしかなかった。 何年、何十年かかるかわからないし待ったところで千朱が目を覚ます保証は何処にもない。 それでも諦めきれなかった。 だからこそ水渚は辛うじて動けるようになってすぐに銀髪の元を訪れた。 「お願い。千朱ちゃんが目を覚めた時に自分の変わり果てた姿に絶望しないように、千朱ちゃんが目覚めるその時まで、千朱ちゃんが年をとらないようにして」 そうすれば、千朱はいつまでたっても今の姿のまま“寝ていられる” 「なんでも……なんでもするから」 深深と頭を下げる。 「水渚、勘違いしないで」 「何を」 「そこまでしなくたって、水渚に頼まれれば俺はその程度のこと承諾するから」 頭を下げる必要など何処にもないと、銀髪は歩み寄り水渚の頭を撫でる。普段被っている帽子がこの時はない。 「有難うっ……うぅ」 水渚は目を瞑り溢れだす感情を必死に抑えようとする。 「お礼を言う必要もないだろう? それにそれを願っているのは水渚だけじゃないはずだろうし」 「そう、だね」 水渚が一番先に訪れただけであって、他の面々も遅かれ早かれ銀髪の元を訪れ同様の事をお願いしただろう。千朱に再び目覚めて欲しくて、笑っていて欲しくて。 銀髪はその後千朱の元を訪れ、水渚に頼まれた術を施す――千朱が何時目覚めても大丈夫なように、目覚めた時その姿に絶望しないように千朱に流れる時を止める。 END [*前] | [次#] TOP |