T 栞は聞いた。事の一部を。 今回のことの発端は、よくある下剋上。水渚を失脚させようとしたものが企んだ。 しかし何時もの下剋上と違ったのは、万全の策を相手が練り、そして相手が複数だったこと。 栞は廃墟の中で告げられた。 「だから、少しでも目的を達成することを確実にするために君には此処にいてもらったのさ」 「ちっ」 「だが、もういいよ。どの道道は変わらないだろうからなぁ」 悠々とした態度。そこに絶対の自信が見え隠れしている。 「というかこれ以上此処で君の相手をするのが面倒だ。俺たちは是から水渚を殺すという仕事が残っている。相打ちしてくれりゃ一番だがな、そうも都合よく事が運ぶとは思えないし」 栞に理由を告げたのはもうどうすることも出来ないから、元に戻ることはないから。 だからこそ――告げた。 栞はそれ以上言葉を聞くことも、罪人と戦うこともせず、一瞬でその場を後にした。 「相変わらずだこと」 ゆったりとした動作で武器を手に取り、目的地へ彼らは向かう。 「水渚が綺麗だといったその言葉を千朱は疑うの?」 「いくら、いくら言葉でいっていようがこいつの本心が違うと思っていたら意味なんかねぇだろうが」 疑うこともない、疑問を挟む余地もないくらいに、罪人の言葉を真実だと信じ切っていた。 今までの経験上、千朱は疑えなかった。何時も嫌いと言われ続け、好かれることがなかったこの瞳を本当に綺麗だと、心の底から思ってくれる人はいないと――思っていたから。 「僕は、本心でそういったんだけどなぁ」 水渚は悲しそうに呟く。独白のように。 「千朱ちゃん、千朱ちゃんの瞳は綺麗だと思うよ。金貨の金色より、金属の金色より、何よりも君の瞳が綺麗だ」 本心から偽りのない言葉――けれど、千朱には届かない。 栞の制止も、栞が目の前にいることも千朱の視界には映らない。千朱の視界にうつるのは水渚ただ一人。殺そうと再び足を踏みしめた時。 一発の銃声が轟く。栞のではない。もっと重厚な音。 栞がその場に倒れる。 「なっ……」 油断していた、といえば嘘になる。油断はしていなかった。けれど神経を千朱のと水渚の二人だけに集中していた。 致命傷ではない。けれど毒が仕込まれていたのか身体が動かない。腹部から血が流れる。 「栞!?」 朔夜が突然の出来事に対応出来ずに走り出す。 「大丈夫か!? 栞!?」 取り乱す。取り乱す、一心不乱に栞を動かす。 「ちょ、だ、大丈夫だよ。でも……ただ、の銃弾、じゃあ……ない。毒がある、みたい。身体が思うように……うごか、ないんだな」 こうなってしまえば、千朱と水渚を止めることは出来ない。 けれど、それでも千朱は栞が撃たれたことで少しだけ冷静さを取り戻していた。 [*前] | [次#] TOP |