第四話:大嫌い 千朱と水渚の決着はつかない。 お互いがお互い、本当の意味で全力を出して殺しあうのは初めてだった。何時も心の中では何処か本気になれない自分たちがいた。けれど今は違う。 「てめぇなんかっ……!」 千朱の悲痛すら上塗りしてしまうほどの怒りが、水渚に襲いかかる。 どちらが優勢か、と問われればそれは千朱の方だろう。 「うっさいなぁ。千朱ちゃんもしつこい!」 沫を千朱の方に飛ばす。けれど千朱はそれを軽やかに交わす。 交わせないように無数の沫を千朱に向ければ、最小限のダメージですむように攻撃を受け水渚に直進してくる。そして水渚の腹部に拳を叩きこむ。 「ぐはっ……」 水渚は痛みで顔を歪める。倒れそうになるのを必死で押さえる。 千朱の腕を掴み離れないように精一杯握り締める。 しかし力は圧倒的に千朱の方が上だ、すぐに離される。 水渚は砂の上を転がるように受け身をとる。 腹部がじんじんと焼けるように痛む。右腕は殆ど動かない、動かそうと思うだけで激痛が走る。 勿論千朱とて無傷ではない服のあちらこちらが破けてボロボロだ。 朔夜は叫ぶことも忘れて見守ることしかできない。そんな力ない自分が嫌になる。 二人はすぐに攻撃に戻ろうとした時、一発の銃声が空になる。 とても聞きなれた、一見するとどれも同じに聞こえる銃声、でもとてもなじみ深くて間違えるはずのない銃声。 「何、やってんのさ!」 栞が声を荒げる。 それでも二人は栞の存在を無視して戦おうとする。ボロボロの身体で、それでも戦意だけは、失わないで。決着がつくまで永遠に――。 「もう一回言うよ。何、やってんだよ!」 再度声を荒げる。栞が声を荒げることなど滅多にない。 「黙れ栞!」 ちゃん付けがない。千朱の怒気を含んだ声にしかし怯まない。 「黙れ? 黙るわけないだろう。水渚も千朱も二人とも何をやっているんだ、殺し合うつもり?」 「あたり前だ、俺たちは元々大嫌いなんだから当然だろう?」 「『大嫌い』を言い訳に使うな!」 「言い訳だと? 事実だ」 もどかしい。響かない。言葉を想いを全て塗りかえられる。 「水渚も止めろっ。こんなことしたって意味がない」 「無理だよ、栞。僕らはこうすることしかない」 沫は今なお増え続ける。沫が千朱を殺そうとしている。千朱は水渚を殺そうとしてい る。 捻じれた、歪んだ、壊れた――。 「いい加減にしなよ」 栞は一瞬、その場から姿を消し、次に現れたときは二人の間に立つ。拳銃を両手に持ち、双方に向ける。 「――これ以上続けるようなら、君たちの腕、俺が貰うよ」 黒い影が蠢く――。 「やれるもんならやれよ!」 「……千朱」 止める術はない。今までの用に、二人を止めることは出来ない。今二人を止めようと思えば必ず犠牲が出る。死ぬことはなくても。 二人を止めるなら、栞も本気にならざるを得ない。それが何を意味するか栞には痛切にわかってしまう。自分の力は自分が一番理解しているつもりだ。だからこそ本気にはなりたくはない。 「千朱、水渚が本当に君の金の瞳を嫌っていると思うの? 綺麗だと言った言葉が偽りだと思うの?」 [*前] | [次#] TOP |