W 「黙っとけ、朔」 朔夜を冷淡な瞳で睨みつける。それだけで朔夜は言葉を発せられなくなる。何故こうなった――昨日までは確かに笑いあっていたのに。 ――栞っ。 自分では二人を止めることは出来ない。自分よりも水渚や千朱の方がよっぽど強い。この場に栞がいれば――朔夜はそう考えてしまう。栞は何時も二人の仲裁役だった。仲裁役のいないそれは留まることを知らなく、終わりを迎えてしまう。勝敗が決してしまう。 それは避けなければならない。だが、それにはどうすればいい――。 「朔、千朱ちゃんの言うとおりだよ。黙っておきな」 水渚も釘をさす。今の千朱では何れ朔夜に危害を加えないとも限らない。 身体が痛みを味わうのは自分だけで充分だと。 「はははっ、本当に千朱ちゃんは力だけは強いんだから」 苦笑いをする。未だに痛みが取れないばかりか時間が経過するにつれ痛みが強くなっている。 「全く。下らないよ千朱ちゃん」 「何だと?」 「僕らは確かに大嫌いだ、けれど。その大嫌いに――」 最後まで言わせて貰うことは出来なかった。言い切る前に千朱が攻撃してきたから、だ。 水渚は慌てて回避する。水渚は仕方なく攻撃にうつる。攻撃が最大の防御なら、まさしく水渚にはそれしか防御する手段がない。千朱の攻撃を交わしきることは到底できない。 「こんな状態の千朱ちゃんと殺りあいたいとは思わないけど――最初を思い出すならまぁ仕方ないか」 沫が周囲を覆い始める。 「千朱ちゃんとはこんな形で決着をつけたいとは思わないけどね」 その言葉は千朱には届かない。 千朱は冷静に戻ることはない、怒りと憎しみで支配され感情のままに動く。水渚を本気で殺そうとすることに抵抗も疑問も過らない。 大嫌いなら、罪人なら、嫌いなら、犯罪者なら、殺し合う間柄なら、遅かれ早かれこうなっていたなら、危うい関係で成り立っていたなら、バランスはいとも簡単に、容易く、崩れ落ちていき――。 「おまえなんか大嫌いだ」 繰り返す。あの時とは違った感情で。 「僕も大嫌いだよ」 繰り返す。あの時と同じ感情で。 [*前] | [次#] TOP |