V 『大嫌いだ』 何度繰り返されたことだろうか、水渚にではない。どんな理由があろうとその大嫌いに笑みはない。侮蔑侮辱憎悪嫌悪――様々な感情が渦巻いた大嫌い。 水渚は大嫌いを連呼しながらも、それでも笑っていた。 そこに自分への嫌悪や侮蔑がないと信じていた――いたかった。 けれど、それも全て崩れ去るのみ。ならば崩れ去ったままに壊し殺すのみ。 崩落の街へ一心不乱に走り続ける。 笑ったあの場はもういらない。痛みを、心が痛むのを見て見ぬふりをする。それはそう――怒りだとすり替えて。 「あれ? 千朱ちゃん。どうしたの? そんな瞳をしてさ」 水渚は崩落の街にいた。水渚だけではなく朔夜と一緒だ。廃墟と化したこの街で遊んでいたのだろう。遊び道具等何もなくても、それでも楽しく遊んでいたのだろう。 「ふざけるな!」 感情のままに叫び、水渚に殴りかかる。 その瞬間水渚の瞳は鋭く変わる。朔夜を横に弾き飛ばし、朔夜はそのまま転がるようにその場を離れる。 水渚は後方へ飛び上がる。 「どうしたの? 千朱ちゃん。いつもと様子が違うよ」 水渚の言葉一つ一つが苛立ちにしかならない。 「うるせぇ」 千朱の瞳に殺気が込められていることを水渚は確認する。確認するまでもない、空気から伝わって来る。 「……千朱ちゃんにこうして殺気を、僕を殺したいと思うほどの殺気を向けられるのは久々だね。本気なんだ」 千朱の一撃一撃を辛うじて水渚は交わす。しかしそれすら緊張が漂う。水渚は後方支援を得意とする術者だ。対照的に千朱は接近戦を得意とする格闘家。その差は大きい。 「あぁ? 俺はいつだって本気に決まっている、お前なんか大嫌いなんだからよ」 砂ごと蹴りあげる勢いで蹴りあげる。 水渚はそれを辛うじて受け止めるが、両手がしびれる。両手で蹴りを抑えた直後、千朱が薙ぎ払うように拳を水渚に向ける。水渚はそれを交わしきれることが出来ずに、横に直線的に飛ぶ。 受け身をとり体制を整える前に千朱の二撃目が迫っていた。 いくら水渚とはいえ千朱の一撃一撃は重い。そう何度も受けて無事なはずがない――。だが千朱は水渚に攻撃することなく、後方に逃げるように飛び跳ねる。 そしてその直後水渚の手前に落雷する。 「朔……」 水渚は頬の痛みをこらえながら、自分を守った人物の名を呟く。 千朱は何も言わない、元々怒りがあるのは水渚のみ。朔夜が邪魔をしてきても、朔夜に危害を加えるつもりはない――最もこれ以上の邪魔をするのなら別だったが。 「朔。邪魔をするな」 淡々とした声で千朱は忠告する。二度目はないと――そう告げているようだった。 「その前に、なんでだ! なんでいきなりこんなことになっているんだよ」 朔夜は必死に叫ぶ。今此処で引き留めないと、よじれた関係は修復出来ないようで、そんなの嫌だった。 「別に……何れこうなることだったんだよ。遅かれ早かれ俺たちはこう言った関係だ、大嫌いなんだから」 大嫌いがやけに空しく響く。 「ふざけるなよ! 楽しそうだったじゃねぇかよ。なのに何でそんなに怒りと悲しみに満ちているんだよ」 朔夜は叫ぶ。言葉での説得も力での説得も無理だと痛感しながら、それでも叫ぶしかなかった。 [*前] | [次#] TOP |