零の旋律 | ナノ

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 次の日
 千朱は何時も通り第一の街を散歩していた。この牢獄に来てから散歩するのが日課となっている。今までなら外に出るのも億劫で、けれど外に出なければいけなくて、その度にフードが欲しいと切に願っていた。せめて隠したかった。サングラスにしろフードにしろで、自分の忌まわしい色を。

 千朱は平然と罪人の牢獄を歩くが、勿論千朱を妬ましく思う者も存在した。
 当然といったら当然だろう、元々忌み嫌われていた金の瞳、それだけではなく金色の髪をして、なお且つ第一の街支配者水渚と互角に戦え、そして笑い会い、接しているの だから。そして此処は罪人の牢獄。千朱に憎しみがなくとも、水渚の失脚を狙う輩がいても不思議じゃない。
 そしてその輩が千朱を利用しようとしても、不思議じゃない。疑問を挟む余地もない。
 殺し合って共倒れしてくれればそれが最良の結果となるのだから。
 勝敗がつくだけでも構わない。互角の実力者が全力で戦えば勝敗がついたところで勝った相手も無傷では済まないのだから。そこを狙って攻撃すれば双方を殺すことが出来る。そうなれば自分たちはこの街を支配できると――。

 彼らは動き出す。問題は水渚や千朱と一緒にいる影の実力者、栞の存在。栞が邪魔なら現れなければいい。そういう風に作戦を立て、栞の性格を利用し策にのるように誘導した。チャンスは今しかないと、各々が自分たちの役割を果そうとする。

「そこの金色野郎」

 そのひと言で千朱の怒りは沸き上がる。侮蔑されるのも指摘されるのも指図されるのも嫌いだ。殺したい程に。
 背後から声をかけられた、その相手の顔も様子も伺わずに回し蹴りを勢いよく、本能のままに決める。
 それは見事に決まり、千朱の声をかけた人物は一発で後ろに吹っ飛ぶ。壁に激突した所を狙い千朱は服を掴む。
 その瞳にはぎらぎらと燃え上がる憎しみと怒り、そして殺気が溢れる。

「てめぇ、何の用だ」

 千朱が水渚と互角に戦える実力があることで、千朱は罪人からそのことに触れられることは全くと言っていいほどなくなった、
 久々に聞いたその侮蔑の言葉に千朱の感情の制御は聞かない。
 返答次第では――返答しなくとも、千朱の脳内には殺すという感情で埋め尽くされ始めている。
 罪人はそんな千朱を前にしながらもなおも冷静だった。

「いいことを教えてやろうじゃないか」
「なんだと?」
「あいつだって心の奥底ではお前の瞳を嫌っているさ」

 頭の中が真っ白になる――。何も考えたくない、考えられない。
 誰を指しているのが明白過ぎて。嫌でも脳内に浮かぶ。

「いくら綺麗だと褒めていたってそんなの上辺だけに決まっているだろう? 丁度いいストレスが発散出来る相手が入ればそれで構わないその為に利用されたにすぎないだろう?」
「だ、だがっ……」

 何かを言おうとしても言葉が出ない。

「じゃなきゃ、お前なんかに関わるわけがないだろう?」
『お前を好きになるやつなんか誰もいないさ』

 嘗て言われた言葉と、それが被る――。

「……」
「図星だから何も言い返せないのだろう?」

 いつの間にか服から千朱は手を離していた。それに自分でも気が付いていない。
 ただ呆然と立ち尽くす。
 怒りは一気に冷却され、そしてそれが沸騰を始める。

「お前のような奴と好き好んで関わりたがるやつがいるわけないだろう」

 繰り返し繰り返す。暗示のように。

「そか……やっぱりそうだよな」

 『大嫌い』の意味合いは変わることなく『大嫌い』でしかなくて。

「あぁ、そうだろう。あの支配者が綺麗だと口にするのは、知らないからこその恐怖でしかない。それにいくらこの牢獄にいたからって本当に金の瞳が忌み嫌われているか知らないなんて思っているのか?」

 ただの都合に合わせたにしかすぎない。
 最後まで告げることなく――千朱は走り出していた。何処を目指すか等わかりきっている。
 思考はしていない、ただ本能のまま、無我夢中で走り出す。

「全く、自分の嫌われている部分を指摘してやると操るのは容易いことだ」

 千朱がいなくなったあと罪人は呟く。満足そうな笑みを浮かべたままに。


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