零の旋律 | ナノ

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「ってか、毎度のことながら止めなくてもいいだろ、やっぱりマゾっけもあるのか? 栞ちゃん」
「千朱にちゃん付けで呼ばれるのは中々似合わないのですけれども」

 栞は肩をすくめる。何時になったらちゃん付けを止めてもらえるのだろうかと。
 けれど、心の底ではそれを嫌っていない自分がいたのもまた事実。

「なんだか、千朱が来てから前より烏兎怱々に感じるよ」
「なんだよそれ、わけわかんねぇ」

 千朱は栞が何を言ったのか理解出来なかった。けれどそれがどんなことを意味しているかは言葉と表情から感じ取る。千朱は栞と暫く一緒にいるようになって気がついた。 別に栞はポーカーフェイスでも、感情が読み取りにくいわけでもないことに。ただ、相対していたからこそ、偽りの表情を作りあげたのだと。
 感情をむき出しにする自分とは何処か違いを肌で実感しながら。

「まっ、いいじゃん。僕が楽しい」

 水渚が締めくくった。それに千朱も朔夜も栞も同意する。全員一致であり盤上一致。
栞は怪我をした場所に少し痛みを感じながらも数日立てば治るからいいかと気にしない。
 彼が来てからの日常茶飯事ともいえた。それゆえに栞は何処かしらに包帯を巻いていることが多いのだが。
 それでも笑っていられた。楽しい日々を過ごせた。
 だから――永遠に同じ時は流れないと知りながらも、この関係が続くことを願う。

+++

 目の前一面に広がる光景に、千朱は呆然とする。
 此処は誰もいない。
 此処は嘗てあった場所だ。
 人が住まうことなく終わった街。

「いやぁ、流石によそでやってくれって言われちゃってさ」

 水渚は頭に手を当てながら苦笑いする。
 度重なる戦闘の被害を受けた第一の街。これ以上被害を増大するわけにはいかないと判断した栞は、水渚と千朱に戦うなら別の場所でと提案したのだ。
 最も栞の拠点は第三の街であったが。それでも水渚、千朱、そして朔夜に会いにほぼ毎日第一の街に足を運んでいる。
 朔夜の一人で住むには広い家に引っ越せばいいのに、と千朱は何度思ったことか。

「だから、崩落の街でやりなといいました、とさ」

 隣にはそう言った当の本人も一緒だ。
 相変わらず額に包帯を巻いている。二日前に水渚と千朱の殺し合いを止めた結果。

「ふーん、まぁ俺は何処でもいいけれど」

 今のままの関係が、現状が不思議と心地良かった。
 戦いに明け暮れる日々は、此処に来る前と何ら変わりない。
 けれど、自分に対して畏怖を向けてくるものも、侮蔑するものもこの場にはいない。
 水渚は千朱の瞳と髪を綺麗だと言った。それはあの時から何も変っていないように千朱には思えた。
 水渚の事をどう思っている? と聞かれたら千朱は真っ先こう答えるだろう『大嫌い』と。そして水渚も全く同じ言葉を繰り返すだろう。

 大嫌い、だからこそ殺し合い、
 大嫌い、だからこそ笑いあう。
 仲間でもなく、味方でもなく、相棒でもなく、親友でもなく、初対面でもなく――大嫌いな相手。
 それだけ――のはず。

「あはははっ、千朱ちゃんどうしたの? 動きが鈍いよ、いい加減僕には勝てないって認めなよ」

 沫と体術がぶつかり合う。

「それは此方の台詞さ」

 生き生きとしている二人を見ながら栞は欠伸をする。また怪我をするな、と治ったばかりの腕を眺める。しかし嫌な気持ちにも憂鬱な気持ちにもならない。
 二人の笑顔を見られるだけで満足だから。
 そしてそんな二人の間にいれることがどうしようもなく楽しかった。


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