零の旋律 | ナノ

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「千朱も、千朱でさ」

 栞は拳銃を握りながら朔夜に話しかける。朔夜はなんだと問う。

「あちらにいたときより、この罪人の牢獄の方が過ごしやすいんじゃないかな。水渚は千朱を畏怖の対象として見ることはない。千朱を忌み嫌うことはしない、大嫌いでも忌みはしない。だから、千朱も千朱で笑っていられるんだろうね、水渚の言葉が忌み嫌う言葉なら、千朱も本気で、それこそ水渚を殺そうとするだろうけど、水渚は知らないから忌み嫌う必要は何処にもない」
「……俺もしらねぇよ」
「だろうね。朔と水渚は同じだから。……水渚は心の底から千朱の金髪金眼を綺麗だと思っている。水渚は無知ではないが、その辺に関しては無知としか言いようがないんだよ。まぁその辺は朔にも言えることだろうけれども」
「いいんじゃねぇのか。それで千朱が笑っていられるなら」
「そうだね」

 栞は朔夜の言葉に同意して、前に一歩進む。この終わらない遊びを終わらない殺し合いを止める為に。ただ、それだけ。このまま続けていてどちらかに勝敗がつくまで遊ばせるのも有だった。何故なら、千朱も水渚もどちらも相手を殺す殺意はない。戦意はあっても殺意がない。
 二人とも戦闘に関してはプロフェッショナルといってもいい、素人ではない。
 だが、どちらかに勝敗がつく、それはさけなければならないことだと栞は思っている。
 水渚はただの罪人ではない。第一の街――この街の支配者として君臨している。その水渚が遊びで戦っているのならばいい。けれど勝敗がつき、万が一水渚が負けた場合は――と栞は考えてしまう。その程度のことでこの街が揺るぐとは到底思ってもいないが、栞としては可能性を一つでも潰しておきたかった。
 現時点で第一の街には水渚を凌ぐ支配者は現れていないのだから。
 もっとも水渚がいなくなった後を継ぐとしたら、千朱なのだろうが、と栞はそこまで考えて考えを打ち切る。今、それを考えたところでどうしようもないし、水渚がいなくなるなんてそれこそ信じられないことだから。

「そろそろ、今日は終了」

 栞参戦。といっても栞は止める為に参戦したため、他の二人とは攻撃のパターンも違う。
 そして毎度のことながら、双方の被害を受けるのも栞だった。
 水渚と千朱の遊びを止めた後、朔夜は栞の怪我をした部分に包帯を巻いていく。黒髪の間からは、額に巻かれた包帯が見える。それと右手にも包帯を巻いている。

「あのさぁ、どんどん俺が包帯男になる気がしてきた」

 冗談混じりに栞はため息をつく。別に嫌いではない。こうして皆と入れる時間はとても至福な時間なのだから、死が身近すぎるこの罪人の牢獄で、それを感じられることは嬉しいという感情をとても素直に導きだしてくれる。

「いいじゃん、包帯男――きっと栞ちゃんの美貌が強調されるよ」
「あのさぁ、俺はマゾじゃないんだけど」
「あはは。どっちかってーと、栞ちゃんはサドだよね」
「それとちゃん付けは止めろ」

 水渚は栞のことを栞ちゃんと呼ぶ。栞としてはただでさえ女っぽい名前ゆえ、ちゃん付けで呼ばれると大抵の人は自分のことを女だと誤解する。それでも女性らしい容姿はしていない――かといって男らしい容姿ではないのだが。それでも出会えば女ではないとわかる。初対面で自分の名前だけを知っていたものは大抵驚愕する。中にはあからさまにがっかりして落ち込むモノもいた。
 ――まぁ、大抵の場合それは男だけど
 だから、ちゃん付けで呼んでほしくはなかったのだが、水渚はそれを一向に治そうとしない。それどころか最近は千朱まで水渚の真似をして、ちゃん付けで呼ぶようになった。
 水渚曰く布教。


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