零の旋律 | ナノ

第二話:笑顔


 それから、どれ程の月日が流れたか、ひょっとしたら大した月日は流れていないのかもしれない。
 毎日が波乱万丈で月日の流れがあっという間だったのかもしれない。

 その時の心情を栞が簡潔に表わしたらこう表現したのだろう――水渚がよく笑うようになったと。
 それだけ。栞もその時は心から和んだ、ほほえましい笑顔を見せた。
 それこそ、年相応の笑顔を。現在の栞は大人びた外見と言動が主な理由で初対面の、否初対面でなくとも、正確な年齢を当てられたことはない。見た目にそれほどの差が生まれない幼少期なら別として。

「こっちだよー、千朱」

 満面の笑顔で、心の底から楽しそうに水渚は声をかける。
 その周囲には、無残にも被害を受けた残骸が周囲に散逸する。
 千朱が力任せに殴った後には、殴った形跡が壁に残り、コンクリートで出来た建物にひびを入れる。
 水渚は沫の術を使い周辺に沫を拡散させ、爆発させる。その被害がコンクリートの周辺を破壊する。どれも、建物を崩壊させる程の威力には至らないものの、修復しなければいけないレベルには破壊されている。その辺、わきまえている二人の攻撃は被害を受けた者にとっては性質が悪いことこの上ない――それを毎日のようにあきもせず繰り返しているのだから。

「とっとと死ねやぁ!!」

 千朱の怒涛が響く。木霊する。繰り返す。反響する。

「断るよ。捕まったら僕だって死んじゃうよー」

 水渚はある一定以上の距離を取り、沫で攻撃をする。千朱は何度も繰り返すうちに水渚の術の特徴が分かってきたのか、身軽なフットワークで次々と交わしていく。
 是はただのゲームであり、これはただの遊びであり、喧嘩。命のやりとりとはまた別のモノと化していた――二人が出会ったあの日以降。
 水渚は千朱のことが大嫌いだったし、千朱も水渚のことが大嫌いだった
 けれど不思議と二人はお互いにお互いのことを殺そうとは思わなかった。
 だが、それは生きていてほしいということではない。死んだのならそれで構わない――と信じていた。
 実に矛盾した行動を、二人は何日も飽きることなく続ける。近くで見ていた栞が時々欠伸をするのが、他の罪人たちに目撃されていた。栞はとめもせず、参加もせず中立の第三者の立場で常にいる。

「全く顔を合わせたら喧嘩ばかり、よく飽きないよねぇ……まぁ、見ている分には面白いんだけど、街がどんどん脆くなっていくね」

 栞は隣にいる人物に話しかける。

「全くだぜ……だけど、水渚が楽しそうならいいんじゃねぇの? 街が崩壊したらそれは流石に困るけどよ」
「そうだね。俺たちは水渚に笑っていてほしくて」
「それでいて、千朱と栞にも笑っていてほしいんだよ」

 栞の言葉を、隣にいる人物――朔夜が繋ぐ。

「俺としては朔にもだけどね」
「ありがとよ」

 年の頃合い十代中ごろに達しているか達していないか、あどけなさの残る顔の朔夜は口元を緩める。

「でも、そろそろ仲裁に入らないと、困るんじゃねぇの?」
「朔、それは俺に怪我をして来いって言っている? 言っとくけど俺より水渚と千朱の方が強いことは明白でしょ? 殺すことは出来ないわけだし」
「そこは『不殺』の出番だろ? 栞」
「全く、朔ったら」

 そういいながら栞は楽しそうに笑う。
 栞にとって朔夜は親友であり、水渚は仲間であり、千朱は友達であった。
 このまま、こんな日々が続けばいいと切に願いながら、永遠はないと、何時か崩れ去ってしまうのではと心のどこかで思う。
 ――この日々が続いたら、心から笑いあえる。


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